2020年3月21日

ヘビのスケッチ

William Blake (1757-1827), Eve Tempted by the Serpent (1799-1800)

1960年の書『フロィト的無意識における 主体のくつがえし と 欲望の弁証法』において,Lacan は,問い「我れとは 何であるか?」に対して,この謎めいた答えを与えている (Écrits, p.819) :

我れは,そこからこの怒声が発せられるところの座に存在する :「宇宙は 非存在の純粋性における ひとつの欠陥である」.
そして,それは,ゆえなきことではない.そも,その座は,自身を明け渡さないことによって,存在そのものの生気を失わせる.その座は,悦と呼ばれる.そして,悦が欠けるなら,宇宙は虚しくなるだろう.

「宇宙は 非存在の純粋性における ひとつの欠陥である」は,Paul Valéry の詩『ヘビのスケッチ』(Ébauche d'un serpent : 1921) からの 若干 変更された 引用である.

詩集『魅力』に収録されているその詩は,若干 長いが,最後まで読むに値する :「おまえを巨大なものにするあの渇望が 不可思議な〈無の〉全能を 存在へまで 高めれば !」



ヘビのスケッチ


わたし[サタン]は 毒ヘビの姿をまとい 
枝の間で 微風に 揺られる;
[わたしの鋭い]牙は[わたしの]微笑みを 貫き
[わたしの微笑みを]欲望で 輝かす
[微笑みをうかべて わたしは]エデンの園を おかまいなしに うろつく
わたしの頭は エメラルド色の 三角形[を成し]
ふたつに分かれた舌を 延べる...
わたしは 畜生[愚か者]だが,鋭い畜生[聡い愚か者]だ
わたしの毒は 卑しいが
賢いトリカブトを はるかにしのぐ ! 


甘美なるかな この快楽の季節 !
おののけ 死すべき者らよ !
いつか バネをも砕くほどに たっぷりと 大口を開けるとき
わたしは とても 強い !
すばらしい青空は
わたしが変装している このオロチを
動物的な単純さで 研ぎ澄ます;
わたしのところに来るがよい 軽薄な者どもよ !
わたしは 運命の必然性のように
抜かりなく 待ちかまえている ! 


太陽 太陽 !... 光輝く罪[明らかな過ち]!
青き空のしたに
花々が会議を開く 黄金色のテントのしたに
太陽よ おまえは 死を覆い隠す;
わたしの共謀者のうちで 最も気高き者よ
わたしの罠のうちで 最も高きところにいる者よ
おまえは 不可思議な悦楽によって
[人の]心が[このことを]識るのを 防ぐ:
[すなわち]宇宙は 非存在の純粋性における
ひとつの欠陥にすぎない
ということを ! 


偉大な太陽よ おまえは 存在に 目覚ましを鳴らし
火をもって 存在に寄り添う
おまえは 存在をだますために
のどかな光景で彩られた眠り[夢]で 存在を閉じ込める
おまえは 喜ばしき幻影を 煽る者
それ[幻影]は 闇にひそむ魂の現在を
視覚に従属するものにしてしまう
おお 炎から成る〈亡者の国の〉王よ
絶対者について おまえが広げる嘘は
常に わたしを喜ばせる ! 


おまえの素のままの熱を わたしに注いでくれ
その熱のなかで わたしの凍りついた怠惰は
絡まったわたしの性[さが]のままに
何か不幸を 夢想する...
肉[なる人間たち]が 墜落し 結合するのを見た
この魅力的な場所は わたしにとって とても愛おしい !
わたしの怒りは ここで 熟れる;
わたしは それに助言を与え それを調理しなおし
わたしは 自分の声に耳を傾ける
そして わたしの省察は 循環しながら つぶやく... 


おお 虚無 ! 第一原因 !
天において支配する者[神]は
「光あれ」と声を発して
空間的な宇宙を開いた.
そして 純粋観覧にあきたかのように
神は みづから
神の完璧な永遠性を 妨げとして 打ち破った;
神は[受肉して]人 [ Jesus Christ ] となり
彼は 神の原理を 帰結へ解消し
神の「一[いち]なること」を 星々へ解消する. 


天は 神の誤り ! 時は 神の没落 !
そして 動物的な深淵が 口を開く !...
いかなる墜落が 源初において
きらめいていることか — 無の代わりに !...
だが,神のロゴスの最初の言葉
我れは !... 愚かな創造主が語った星々のなかで
最もすばらしいもの
我れは 存在する !... 我れは 存在するだろう !... 我れは
誘惑者の火すべてをもって
神の減弱を照らす ! 


わが憎しみの 輝かしい対象よ
あなたを わたしは 狂おしく愛した
あなたは この[あなたを]愛する者に
地獄の支配権を与えるべきだった
わたしの闇のなかの あなた自身を まなざしたまえ !
わたしの暗い鏡の誇り
あなたの陰欝な似姿を前にして
あなたの不快感は とても深かったので
土[で造られた人間]へ吹きかける あなたの息吹は
絶望のため息だった ! 


あなたは 虚しく 泥のなかで
容易な[誘惑に陥りやすい]子どもたちを 捏ねた
彼れらは あなたのわざの大成功のゆえに
ひねもす あなたをたたえた !
あなたが 彼れらを捏ね 彼れらに息吹を吹き込むや
ヘビさまは 彼れらを 口笛で呼び寄せた
彼れら:あなたが創造した美しい子どもたちを !
やあ,新入りたち ! と ヘビさまは言う
きみたち人間は すっぱだかだ
おめでたい 白い けものたちよ ! 


きみたちは いとわしい[神の]似姿に
造られた だから わたしは きみたちを憎む !
かくも多くの不完全な奇跡を
創造する名[神の名]を 憎んでいるのと同様に !
わたしは[神の創造に]修正を加える者だ
わたしは 神の名に信頼する心に
確信的 かつ 神秘的な 指で 手直しを加える !...
我々は 変えるのだ
それらの軟弱な作品たちと それらの曖昧なヘビたちを
獰猛な爬虫類に ! 


わたしの計り知れない知性は 
人間たちの魂のなかに
わが復讐の楽器を 得て 奏でる
それを組み立てたのは あなた自身の手だ !
そして 父なる神である あなたは
星のちりばめられた部屋のなかに 隠れて
香の煙をしか受けつけないが
とはいえ 溢れるほどの わたしの魅力は
全能なるあなたのもくろみを
遠く[地上]から鳴り響く警報で 邪魔することが できるだろう ! 


わたしは きよい心のなかへ
行き 来て 滑り込み もぐり込み 姿を消す !
いまだかつて あっただろうか
夢ひとつさえ宿り得ぬほどに かたい胸など !
おまえが誰であれ わたしは
おまえの魂がうぬぼれるとき
おまえの魂のなかに兆してくる あの自己満足ではないか ?
おまえの魂の自己愛の奥底で わたしは
おまえが おまえ自身にしか見出さない
あの一種独特の味わいだ ! 


エヴァ — その昔 わたしは 彼女を 不意に捕えた
はじめて思考にふける彼女を
バラのゆりかごに生まれた息吹に
彼女の唇は なかば開かれていた.
あの完璧な女は わたしに姿を現した
太陽をも 男をも 恐れることなく
広々とした腹は くまなく 金色に 照らされていた;
大気のまなざしへ すべて ささげられて
彼女の魂は まだ愚かで あたかも 肉体の閾のところで
外に出ることを禁ぜられているかのようだった 


おお 至福の塊よ
おまえは かくも美しい ! まさに
善良な精神たちと最良の精神たち すべての
気を惹くに値する !
彼らがおまえの唇にほれこむには
おまえがため息をつくだけで十分だ !
最もきよい者らも おまえに惹かれて 最悪の者らとなり
最もかたい者らも 最も傷ついた者らとなる
吸血鬼たちを支配する わたしをさえ
おまえは やわらげる ! 


そうとも ! 葉陰の見張り席から
わたし — 小鳥のように恍惚とした爬虫類 — は
わたしのさえずり[おしゃべり]が
悪巧みの網を編んでいる間も
おまえを見つめていた ! おお 聞き分けのない
静かな 澄んだ 魅惑に満ちた 美しい女よ !
わたしは こっそりと
おまえの髪の燃えるような金色に目を注ぎつつ
おまえの謎めいたうなじを 支配していた
おまえの動きの秘密を湛える あのうなじを ! 


わたしは そこに存在していた
においのように
観念 — 罠のように待ちかまえる その深みは
解明され得ない — の香りのように !
そして うぶな女よ わたしは おまえを
おどすことなく 不安にさせていた
おお 栄華へよろめくことを
軟弱に決意した肉体よ !
賭けてもよい まもなく わたしは おまえを手に入れる
おまえのニュアンスは すでに 変化しつつある ! 


(彼女のみごとな単純さは
おおいに尊敬に値する !
彼女のまなざしの透明さ
愚かさ 自尊心 幸福 は
あの美しい都[エヴァ自身]を よく守っている !
彼女に対して 偶然を作りださねばならない
しかも 技法のうちでも 最も希な あの技法によって
すなわち きよい心を誘惑して;
それが わが強み それが わが極み
わたしにとって わが目的の手段!) 


さて 目もくらむほど魅力的な毒液で
軽いシステムを紡ぎだそう
暇をもてあました甘美なエヴァは
そのなかで 漠たる危険に はまりこむ !
青空だけになじんだ
あの獲物の肌は
絹の重みのしたで いかにおののくことか !...
だが わたし流儀のたくらみ[横糸]よりも
より繊細な薄絹[うすぎぬ]は無く
より不可視にして確実な糸は無い ! 


舌よ 彼女のために 黄金色に飾り立てろ !
おまえの知る 最もこころよい甘言を !
暗示に 寓話に 繊細さ
刻みつけた無数の沈黙
彼女を害するものすべてを使え:
彼女をおだてるものだけを
彼女がわたしのもくろみのなかで身を滅ぼすようにするものだけを
天から落ちてくる小川を
青い水たまりの深淵へ
至らしむ あの傾きに 従順に ! 


おお いかなる 無比無類なる散文を
どれほどのエスプリを わたしは
あのすてきな耳の 産毛のはえた迷路のなかに
投げ込まなかっただろうか !
わたしは思った — 判断を停止した心に対しては
無駄なものは何もなく あらゆるものが有効だ !
勝利は確実だ ! もし
わたしの言葉 — 魂の強迫的な宝物 — が
ミツバチが花から離れないように
黄金色の耳から もはや離れることがないならば ! 


わたしは彼女にささやいた :「エヴァよ
神の言葉ほど 不確かなものはない !
生き生きとした知識は
この 途轍もない 熟れたくだものを 破壊する !
[わたしが]ちょっと噛むだけで[わたしのことを]呪う
あの 老いた きよい存在の言うことを 聴くな !
エヴァよ もし おまえの口が
樹液のことを思う あの渇きを
なかば未来の あの悦楽を 夢想するなら
それは とろけるような永遠だ !」 


ふしぎな作品を作り上げる
わたしの小さな言葉を 彼女は飲んだ;
彼女の目は ときどき 天使を見失っては
わたしの枝に 戻ってきた.
おお 悪を孕んだ うわきな女よ
おまえがかくも頑固であることをからかう
わたし — 動物たちのうちで 最も狡猾な者 — は
緑の葉陰のなかの ひとつの声にすぎない.
— だが,その声を 枝のしたで 聴く
エヴァは 真剣だった ! 


わたしは言った :「魂よ
あらゆる禁ぜられた恍惚の 甘美なる住まいよ
わたしが 父なる神から 盗んできた
この曲がりくねった愛を おまえは感ずるか ?
わたしは 有している
蜜よりも甘い目的のために
繊細にあつらえられた あの天の本質を...
このくだものを取るがよい... おまえの腕をのばせ !
おまえが欲するものを摘み取るために
おまえの美しい手は おまえに与えられたのだ !」 


まばたくまつげの なんという静けさ !
だが 樹が木陰によって噛む
暗い乳房のしたには なんという息吹 !
他方の乳房は めしべのように輝いていた !
— それは わたしに歌った ! 吹け 吹け 口笛を !
そのとき わたしは 感じた
わたしの敏感な長い鞭が有する 多数のしわ
— それらを わたしは持てあます — が おののくのを:
それらは わたしのエメラルド色の頭頂から
危険[な わたしの 尾]の端に至るまで 走った ! 


おお 天才とは 長き不忍耐なり !
やっと到来した
新たな知への一歩が
彼女の裸足から 噴出するときが !
大理石は 息をのみ 黄金は のけぞる !
このブロンドの〈影と琥珀の〉いしずえは
動きのまぎわで ふるえている !...
彼女 — 大きな壺 — は よろめく
一見 無口に見える彼女の同意は
そこから逃げ出そうとする ! 


親愛なる身体よ おまえが自身に提示する
快の誘惑に 屈するがよい !
おまえの〈変身への〉渇望が
死をもたらす樹のまわりに
ポーズの連鎖を生み出すがよい !
歩みの形よ 曖昧に 来るともなく来るがよい
あたかも足取りが薔薇で重いかのように...
踊れ 親愛なる身体よ... 考えるな !
ここでは 悦楽は
ものごとの成り行きの 十分原因だ !... 


おお この かくも生き生きとした背を有する
高い きよい樹が 不服従に わななくのを 見る という
不毛な悦を わたしは なんと 狂わしく
わたし自身に与えようとしていたことか !...
すでに 知恵と錯覚の
本質を提供しつつ
知識の樹 全体 は
まぼろしに 髪をふり乱しつつ
自身の身体を — 陽光に浸り 夢をすする
大きな身体を — 揺すっていた ! 


樹よ 偉大な樹よ 天の影よ
あらがいがたい〈樹々のなかの〉樹よ
おまえは 大理石の弱さのなかに
美味なる汁を追い求める
おまえは あのような迷路を はやしめぐらし
それによって抱きしめられた闇は
サフィールのように青い
永遠なる朝のなかに 滅びる
甘美なる喪失 香り ゼフィール
あるいは 運命づけられたハト 


おお おまえは 歌い
最も深く隠された宝石から ひそかに汁を飲み
エヴァを夢想へ投げ込んだ
夢見る爬虫類を ゆりかごのなかで揺する
知に揺れる偉大な存在よ
おまえは 常に よりよく見るために
おまえの頂の呼びかけに応えて より大きくなる
おまえは いと きよき 黄金色のなかへ
おまえのかたい腕を おまえのけむる枝を さしのべる
他方で 深淵へ向かって 掘り進みつつ 


おまえは 無限を — 無限は おまえの成長によって
つくられたにほかならない — おしやることができる
そして おまえは 墓から巣にいたるまでの
あらゆる知識を有している と感ずる !
だが この年老いたチェス好き[ヘビ]は
おまえの枝のうえで
乾いた陽光の怠惰な金色を浴びて とぐろを巻く;
その目は おまえの宝物を おののかせる.
そこから 死と絶望と混乱の果実が
落ちてゆくだろう ! 


わたしは 青空のなかで揺れる 美しいヘビ
わたしは 繊細に 口笛を吹く
わが悲哀の勝利を
神の栄光にささげつつ...
わたしには 虚空に揺れる
苦い果実の大きな希望が
泥からつくられた子どもたちを 狂乱させれば 十分だ...
— おまえを巨大なものにするあの渇望が
不可思議な〈無の〉全能を
存在へまで 高めれば ! 


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