否定存在論的孔穴の開きと閉じ — フロィトの「イルマの注射の夢」の否定存在論的再解釈
『ラカンの教え — 精神分析と信仰』(小笠原晋也著)からの抜粋
§ 10.3. 否定存在論的孔穴の開きと閉じ — イルマの注射の夢
否定存在論的孔穴の開出は,我々に不安を惹起する.ハィデガーは,不安を「基底気分」(Grundbefindlichkeit, Grundstimmung) と呼んでいる.不安が基底的であるのは,我々が 今 生きている存在の歴史の終末論的位相において,否定存在論的孔穴の閉塞はもはや安定的ではなく,穴はいつでも開出してこようとするからである.精神分析の臨床は,このことを我々に示している:一般的に言って,否定存在論的孔穴の開出は,これら三種類の不安において経験される:無の不安,死の不安,そして,罪の不安.
ここでは,精神分析的な夢解釈の最初の公表例である「イルマの注射の夢」(der Traum von Irmas Injektion) —『夢解釈』において,先行研究の振りかえりに当てられた第 I 章に続けて,第 II 章以降で自説を展開してゆこうとするフロィトが,最初に取りあげ,しかも最も詳細に分析した彼自身の夢 — において,否定存在論的孔穴の開きと閉じが臨床的に如何に表現され得るかを,見てみよう.『夢解釈』の当該箇所から「予備的な情報」と夢の顕在テクストを以下に引用する:
予備的な情報1895年の夏[つまり,フロィトが『夢解釈』を書いている時点(1899年)の 4 年前]に,わたし[フロィト]は,若い婦人 [Irma] [1] を精神分析的に治療した.
[1] このフロィトの患者 Irma が誰であったのかに関しては,Didier Anzieu (1923-1999) がフロィトの自己分析に関する彼の著作 L’auto-analyse de Freud et la découverte de la psychanalyse (première édition 1959, quatrième édition 1998) のなかで提示した説が,今や広く認められているようである.それによると,Irma は,フロィトの高校時代の恩師 Samuel Hammerschlag (1826-1904) — 彼は,フロィトが生徒であったギムナジウムでヘブライ語とユダヤ教を教えていた — の娘 Anna Hammerschlag-Lichtheim (1861-1938) である(彼女は,Samuel の 5 人の子どもたちのうち,唯一の女性である).
Jeffrey Masson によれば,Irma が Anna であることを Anna Freud も肯定した(ちなみに,Anna Freud の名は,Anna Hammerschlag の名にちなんで,付けられた).Anna Hammerschlag は,1885年に Rudolf Siegfried Lichtheim (1848-1886) と結婚したが,彼はその翌年に死去し,Anna は 25歳にして 寡婦となってしまった.彼女は,1895年に,短期間,フロィトの患者であった.彼女の症状は,不安および若干のヒステリー的身体症状であった.ヒステリーの病因は性的なものであると考えるフロィトは,Anna に再婚を勧めた(それが彼の「解決策」である).だが,Anna は,既に多くの人々から再婚を勧められていたにもかかわらず,そうする気はなかった(実際,彼女の死去時の名字は Lichtheim のままであるので,彼女は,結局,死ぬまで再婚しなかったのだろう).今,我々から見れば,彼女の父との関係に分析の焦点が当てられるべきであるが,フロィトはそうはしなかったようである.
彼女は,わたしとわたしの家族とにとって,とても近しい交友関係にある人だった.そのように医師患者関係と一般的な社交関係とが混ざりあった場合,その事態は,治療者 — 特に,精神療法家 — にとっては,多様な感情を惹起する元になり得る,ということは,誰にでも理解可能だろう.医師自身の治療的関心はより大きくなるが,彼の医師としての権威はより小さくなる.治療に失敗すれば,患者の家族や親族との長年にわたる親交を疎遠なものにしてしまうことになりかねない.精神分析治療は,部分的な成功を以て終わった.患者は,ヒステリー的な不安を感じなくはなったが,彼女の身体的な症状がすべてなくなったわけではなかった.当時,わたしは,ヒステリーの病歴に最終的に決着がついたということを表す指標に関して,まだあまり確信がなかったので,患者に,ある解決策を取るよう,求めていた.しかし,それは,彼女にとっては,受け容れ難いと思われることだった.彼女がわたしの提案を受け容れないという不一致の状況において,我々は,夏のヴァカンスのゆえに,治療を中断した.ある日,ヴァカンスの滞在先で,年下の同僚 [Otto] — 彼は,わたしの親友でもある — が,わたしを訪ねてきた.彼は,わたしの患者 Irma および 彼女の家族を,彼らのヴァカンス滞在先に訪ねてきたところだった.わたしは彼に,彼女はどんな様子だったかを問い,この答えを得た:以前よりは良いが,完全に良いわけではない.友人 Otto の言葉 — ないし,それが述べられた調子 — に,わたしは怒りを覚えた,ということを,わたしは自覚している.つまり,わたしは,彼の言葉からひとつの非難が聴き取れる,と思った — たとえば,わたしは患者に[必ず完治すると言って]多くを約束しすぎた,というような非難.そして,どうやらわたしのみかたになってはいないらしい Otto の態度を,患者の家族 — 彼らは,わたしの治療を好意的には見ていない,とわたしは推察していた — からの影響のせいにした — その推測が正しいか否かは不明であるが.ともあれ,そのとき,わたしは,わたしの苦痛な[罪の]感覚を明確には感じ取ってはおらず,それをそのものとして表現することはなかった.その晩のうちに,わたしは,Irma の病歴報告を書きあげた — それを,いわば わたしを正当化する目的で,Dr M [ Josef Breuer ] — 彼は,Otto とわたしの共通の友人であり,当時,我々の仲間内で主導的な立場の人物だった — に提出するために.その夜 — むしろ,翌日の朝方 — わたしは,次の夢を見た.わたしは,それを,覚醒後 すぐに 書きとめた.
1895年7月23-24日に見た夢広い広間.多くの客を,我々は迎えている.そのなかに,Irma がいる.わたしは,彼女を,すぐさま脇へ連れて行く — いわば,彼女の書簡に答えるために,つまり,彼女がわたしの「解決策」[Lösung] をまだ受け容れないことを非難するために.わたしは彼女に言う:「あなたがまだ疼痛を有しているなら,それは,まったく,ひたすら,あなた自身のせいだ[es ist wirklich nur deine Schuld : あなたの責任だ,あなたに罪がある]」.彼女は答える:「わたしが 今 喉や胃[上腹部]や下腹部にどんな疼痛を有しているかを,知っていただけたなら... それは,わたしを締めつけます」.わたしは驚いて,彼女を見やる.彼女は,青白く,むくんでいるように見える.わたしは考える:結局,わたしは,やはり,何か器質的なものを見逃していたのだ.わたしは,彼女を,窓のところへ連れて行き,咽頭を視診する.その際,彼女は,若干,抵抗のしぐさを見せる — 義歯を装着している婦人のように.そんな必要はないのに,とわたしは考える.次いで,口は大きく開く.右に,大きな白い斑が見える.ほかには[三つの]奇妙な〈皺のよった〉造形 — それは,明らかに,鼻甲介を模して形づくられている — のところに,灰白色の痂皮が広がっているのが,見える.わたしは,急いで,Dr M を呼び寄せる.彼は,改めて診察し,所見を確認する.Dr M は,普段とはまったく異なる外見をしている.彼は,青白く,跛行しており,顎にヒゲがない.今や,わたしの友人 Otto も,彼女のかたわらに立っている.友人 Leopold は,彼女[の胸部]を,胴着のうえから打診して,言う:彼女は,左[肺の]下部に,濁音を有している.そして,彼は,彼女の左肩の皮膚部分の浸潤を指さす;それを,わたしは,彼女が着衣のままであるにもかかわらず,彼と同じく,感じ取っている.M は言う:疑いなく感染症だが,何でもない;さらに赤痢が合併してきて,[下痢によって]毒素は排出されるだろう.我々は,また,感染が何に起因しているのかを,直接に知っている.友人 Otto が,最近,彼女の気分が悪いときに,彼女に Propyl 製剤[の溶液 (Lösung)]を注射したのだ — Propylen[プロピレン],Propionsäure[プロピオン酸],Trimethylamin[トリメチラミン]— その化学式を,わたしは,太字で印刷された形において,眼前に見る.そのような注射は,そのように軽率にするものではない.おそらく,注射器も清潔ではなかったのだろう.
否定存在論の観点において,我々はこのことをすぐさま見て取る:夢のなかで大きく開く Irma の口の映像は,開出 (aufgehen) してこようとする否定存在論的孔穴の表象である.実際,「口は大きく開く」(Der Mund geht gut auf) という文に,まさに動詞 aufgehen が見いだされる.そして,そのとき,否定存在論的孔穴は罪の穴として開出してくる —「それは,あなたのせいだ」(es ist deine Schuld) という文に含まれる Schuld(罪,負いめ,責任)という語が示しているように,また,誤診の不安が示唆しているように.
我々は問う:誰が罪を犯したのか?「それは,あなたのせいだ」(es ist deine Schuld) という非難における「あなた」は,まことには,誰のことなのか ? また,夢のなかでは誤診を犯したかもしれない者はフロィト自身であるが,誰の過誤が本当にはかかわっているのか?
「イルマの注射の夢」の顕在内容においては,フロィトの罪意識は微かにしか表現されていない.しかし,Jeffrey Masson (1941- ) は,フロィトの〈彼の友人 フリース (Wilhelm Fließ : 1858-1928) 宛ての〉書簡のオリジナルに関する研究によって,その夢の背景を成しているこの事実を 明らかにした:フリースによる〈フロィトの患者 Emma に対する〉重大な医療過誤事件.
Emma Eckstein (1865-1924) は,27歳ころ(1892年ころ),フロィトのもとに初診した.彼女の病状が如何なるものであったのかは正確には不明であるが,ともあれ,彼女は,フロィトが精神分析的に治療した最初の患者たちのひとりである.当時,ベルリンで開業する耳鼻咽喉科医フリースと非常に親密な関係にあったフロィトは,彼を,精神分析の理論を築きあげてゆく作業のために唯一の支えを提供してくれる対話相手としており,そして,それゆえ,彼の妄想的なヒステリー病因論「鼻粘膜反射神経症」を完全に信じこんでいた.そこで,おそらく〈創始されたばかりの精神分析によっては〉完全に解消することのできなかった Emma の残存症状の治療を,フロィトは,フリースの外科的手段に委ねることにする.ウィーンに招かれたフリースは,1895年02月21日ころに(つまり「イルマの注射の夢」の 5 ヶ月まえに),彼女に対して,鼻甲介の部分切除を含むかなり大がかりな鼻腔内の手術を,おこなう.だが,その際,彼は,止血用のガーゼを手術終了時に患者の鼻腔から取り出すことを怠る という過失を 犯す.翌月の始め,炎症による患部の腫脹と疼痛のため,彼女は,ウィーンのある耳鼻咽喉科医の診察を受ける(フリースにベルリンから来てもらう時間の余裕はなかったのだろう).その医師が〈彼女の鼻腔の奥に残されていたガーゼを発見して〉それを除去したとき,患部から急激に大量の出血が起こる(フロィトは,その現場を目撃している).彼女は出血性ショックによる死をかろうじて免れるが,彼女の顔には変形が残ってしまう.
それゆえ,Emma に対する医療過誤は,フロィト自身によるものではないとしても,しかし,フリースによる手術を受けるよう 彼女に勧め さらには 彼女を説得したのは フロィトであるので,彼は,当初は,手術の結果に関して大いに自責の念を有していた.ところが,次いで,親友の責任を否認するために,フロィトは,彼自身の罪意識を排斥し,代わりに,犠牲者 Emma に責任があったと思いこみ始める.しかるに,排斥された罪意識は,夢の前日に Otto が彼に向かって発した〈Irma に関する〉非難めいた言葉によって,明瞭に意識されない程度に刺激される;そして,そのことが,その晩,フロィトに,Irma の治療に関する釈明を書かせ,さらには「イルマの注射の夢」— それは 実は Emma にかかわっている — を見させることになる.かくして,夢のなかでフロィトが感じている誤診の不安は,排斥された彼自身の罪意識の代理であると同時に,否認されたフリースの医療過誤の罪を示唆している;また,「それは,あなたのせいだ」という非難における「あなた」は,Irma によって代理された Emma であるが,しかし,その背後に排斥されて隠されているのは,フロィト自身であり,さらには,フリースである.そして,排斥された罪そのものは,夢において,罪の穴としての否定存在論的孔穴の開出の形において,回帰してくる.
その罪の穴の開出は,それゆえ,フロィトにおいて,もっと大きな不安を惹起してもよかったはずである.ところが,「イルマの注射の夢」は,フロィトの睡眠の中断を惹起するほどに強い不安をともなう悪夢ではない.なぜか ? なぜならこのゆえに:夢のなかで,開出してこようとする罪の穴は,まづは,仮象的な因子によって隠され,次いで,徴示的な因子によって塞がれる.穴を隠す仮象的な因子は,これである:先輩医師 Josef Breuer(彼の姿は,滑稽に かつ みすぼらしく 歪曲されている)および若い同僚医師 Otto と Leopold が Irma のまわりで繰りひろげるドタバタ喜劇.そして,穴を塞ぐ徴示的な因子は,これである:夢の最後に deus ex machina のごとくに厳かに登場する生化学物質 trimethylamine の分子の化学式 — それは,しかも,太字印刷で強調されている.
Trimethylamine は,実際に,必須栄養素のひとつ choline の代謝の中間産物として,生体内に見出される物質である.それにに関する連想と解釈を述べるときに,フロィトは,フリースに言及している — 彼の名を挙げぬままに — こう言って:
彼[フリース]は,かつて,ある〈性化学 [Sexualchemie] に関する〉考えをわたしに述べ伝えたことがあった;そして,なかんづく,彼は,こう思っている,と言った : Trimethylamin において性代謝 [Sexualstoffwechsel] の産物のひとつを認めることができる.それゆえ,その物体 [2] は,わたしを,性 [Sexualität] へ — わたしが〈わたしが治療しようとしている神経性の疾患[神経症,特にヒステリー]の成立にとって〉重大な意義を付与しているあの契機へ — 導く.わたしの患者 Irma は,若い寡婦である.もしわたしにとって彼女における治療の不成功を弁解する[entschuldigen : ある罪 (Schuld) について弁解する]ことがかかわるならば,いかにも,その[彼女が若い寡婦であるという]事実 — それを彼女の友人たちは何とかして[彼女を再婚させることによって]変えたいと思っていた — を引きあいに出すのが,わたしにとって,最良のことだろう.
[2] 奇妙なことに,フロィトは,そこで,trimethylamine に関して「物体」(Körper) という語を用いている — 文脈においては「物質」(Stoff, Substanz) が予期されるのに.そのことは,このことを示唆している : trimethylamine の分子の化学式は,彼にとって,確かに「物体」なのだ — Irma における穴を塞ぐにふさわしい物体,すなわち,phallus.
さらに続けて,フロィトはこう述べている:
なぜ Trimethylamin の化学式が夢のなかでかくも目だったのか[の理由]を,わたしは予感する.そのひとつの語に,とても重要なことが集まっている : Trimethylamin は,性という非常に強力な契機への暗示であるだけでなく,しかして,あるひとりの人物[フリース]への暗示でもある;彼の賛同を,わたしは,満足を以て想起する — わたしは,わたしの見解[ヒステリーの性的病因論]を以て[学界から]見すてられていると感じているのであれば.その友 — 彼は,わたしの生のなかで,とても大きな役わりを演じている — は,夢の思考連関のなかに,さらに登場してこないだろうか ? 然り,彼は,鼻および副鼻腔の疾患に由来する作用を特によく知っており,そして,きわめて注目に値する〈鼻甲介と女性性器との〉関係を科学のために開示した.([夢において]Irma の咽にある三つの〈皺のよった〉造形.)わたしは,彼に Irma を診察してもらった — 彼女の胃痛がもしかしたら鼻粘膜起源のものでないかどうか[を判断してもらうために].
我々は,あらためて,このことに驚く:連想がそこにまで及んでいながら,フロィトは,フリースの Emma に対する医療過誤の責任を,夢を見た 1895年07月の時点(事件の 5 ヶ月後)においても,『夢解釈』を執筆している 1899年の時点においても,想起していない;というのも,このゆえに:もし仮にフロィトが「イルマの注射の夢」とフリースの医療過誤との関連性 — すなわち,フリースに対して Irma と Emma はほとんど平行的な関係にある(フリースは Irma に対しては Emma に対しておこなったような手術をおこなわなかったということを除いて)ということ — に気づいていたならば,彼はこの夢を『夢解釈』のなかで決して取りあげなかったはずであろう.あるいは,我々はこう言うこともできるだろう:フロィトにとって,Irma は,かえって Emma に関する排斥を強化するのに役だっている.そこに,我々は,いわゆる自己分析の限界を見る:すなわち,ある者において,疑いようのない思いこみ(場合によって,パラノイア)を成す支配者徴示素 S1 が否定存在論的孔穴を強固に塞いでいるとき,その者は自分自身でそれを除去することはできない;その場合,どうしても,分析家 — あるいは,分析家と同様に作用し得る誰か — の介入が必要となってくる.もし仮に当時の(40歳前後の)フロィトがラカンのもとに教育分析のために来ていたならば,ラカンは,フリースという偶像に対するフロィトの「信仰」を容赦なく徹底的に破壊していただろう — たとえフロィトがそれによって欝状態に陥ることになろうとも.
ともあれ,trimethylamine は性的機能に関与する生化学的過程に属する何か特別な物質であるというフリースの考えのゆえに,その化学式は,ヒステリーの病因は性的なものであると考えるフロィトにとって,ヒステリーの謎 — ひいては,女の謎 — を解く鍵の象徴として,支配者徴示素 S1
となり,そして,そのようなものとして,否定存在論的孔穴を塞ぐその機能において,夢に現れてきたのだ — そう我々は解釈することもできるだろう.
しかるに,アダード (Gérard Haddad : 1940- ) は,彼の著書 Lacan et le judaïsme(『ラカンとユダヤ教』,初版 1981年,第三版 1996年)において,思いがけない解釈 — それがゆえに非常に興味ぶかい解釈 — を我々に提示している.そのためには,まず,trimethylamine の化学式を,今日我々が書く形 — N(CH3)3 — においてではなく,しかして,ラカンが〈彼のセミネール II『フロィトの理論と精神分析のテクニックとにおける自我』の 1955年03月09日の講義のなかで「イルマの注射の夢」を取りあげる際に〉提示している形において,表象する必要がある.
その講義において,ラカン自身も,こう指摘している:その化学式は「神聖な徴」からできている — なぜなら,三位一体的な構造がそこにおいて多重に再現されているから.そして,アダードは,さらに一歩ふみだし,その化学式を,次の図におけるように,ひとつの窒素原子 N が下に,九つの水素原子 H が上に位置するよう,表象する.
すると,何がそこに見いだされるか ? ヘブライ文字 ש (shin) である.それは,שֵׁם (shem) という語 — その意味は「名」である — の最初の文字であり,その語に定冠詞 הַ (ha) を付すると,我々は הַשֵּׁם (HaShem) —「その名,あの名」— を得る;そして,その表現を,ユダヤ教徒は,不可言なる神の固有名 יהוה (YHWH) の代わりとなる代理名(複数)のひとつとして,用いる.また,ש (shin) は,הַשֵּׁם (HaShem) と同じく神の代理名のひとつとして用いられる שַׁדַּי (Shaddai) — その語は,七十人訳では Παντοκράτωρ(全能者)と訳されている — の最初の文字であることにおいても,神の名を表している.
それゆえ,夢を締めくくるためにフロィトの眼前に登場してくる trimethylamine の化学式は,その〈ヘブライ文字 ש との〉相似性によって,神の名 — ラカンの用語で言えば,父の名 — の代理であり,そのようなものとして支配者徴示素 S1 であり,そして,そのようなものとして,大きく開かれた Irma の口というイメージのもとに開出してくる罪の穴としての否定存在論的孔穴を改めて閉塞することに,成功する.かくして,それは,フロィトに,強い罪意識に満ちた不安夢を免れさせることになる.
だが,今,存在の歴史の終末論的位相において,そのように何らかの支配者徴示素 S1 を以て否定存在論的孔穴を改めて塞ぐこと — そして,それを以て,分析家の言説(分離の構造,終末論的時点)へ進むことなく,大学の言説(異状の構造,終末論的位相)にとどまること — は,その穴の開出をまえにしての終末論的不安に対する防御にほかならない.しかるに,穴の開出は必然的である — 存在の歴史が終末論的時点へ前進することによって自有が成起するために.我々は,それに抵抗してはならず,しかして,それに従順でなければならない — 自有 (Ereignis) が 我々の現場存在 (Dasein) を 自身のものとする (sich aneignen) ために,そして,我々も,我々自身,自有と成る(神が我々を自有にしてくれる)ために — 存在の歴史の必然性にしたがって,すなわち,神の救済の意志にしたがって.だが,フロィト自身は,そこに精神分析の終結を見るには至らなかった;なぜならこのゆえに:彼は,こう考えることしかできなかった:終末論的不安(彼はそれを去勢不安として捉えた)に対する防御において精神分析は行き詰まりに陥らざるを得ない.それに対して,ラカンの教えに準拠することによって,初めて,我々はこう公式化することができる:終末論的不安をとおって欲望の昇華にいたることを以て,精神分析は終結し得る.








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