2016年5月10日

東京ラカン塾精神分析セミネール 2015-2016年度 「文字の問い」 第19回,5月13日

Retour à Lacan, ラカンへの回帰


先月23日から二週間,Paris に滞在し,Gérard Haddad を分析家に選んで,わたし自身の精神分析を改めて試みました.それに関連したことは,昨日,精神分析 Tweeting Seminar で若干語りました.

また,Haddad 以外にも,幾人かのラカン派精神分析家と会って,対話してきました.いずれも,今は École de la Cause freudienne には属していない人々です.つまり,Jacques-Alain Miller に対して多かれ少なかれ批判的な立場にあります.

ともあれ,彼らの意見は,このことについて一致してました:今や,ラカン派精神分析家たちでさえ,Lacan のテクストをじかに読解する努力を放棄し,Jacques-Alain Miller などによる解説を読むだけ,さまざまな分析家の団体が催す学会における発表を聞くだけで済ませている.これでは,Lacan の教えの真理はますます覆い隠されて行くだけだ.

確かに,Jacques-Alain Miller が主導してきた École de la Cause freudienne と Association Mondiale de la Psychanalyse では,大量の学会発表と雑誌論文が生産されています.それらに気を取られていれば,読解に多大な努力を要する Lacan のテクストに取り組んでいる時間を持つことはおよそ不可能でしょう.

しかし,当然ながら,精神分析においてかかわる真理に関する問いを問うためには Lacan 自身のテクストから出発しなければなりません.話題の流行の最先端を後追いすることは問題ではありません.むしろ逆に,常により本源的なところへ遡行するべきです.

Lacan 自身,retour à Freud [フロィトへの回帰]を標語にしつつ,1958年のテクスト (Écrits, p.620) でこう語っています:

引き出しのラベル[教科書や辞典の説明]にとどまらないでおこう – それらを学問の成果と混同する者は多いが.[Freud 自身の]テクストを読もう; Freud の考えの跡を,それが我々に押しつけてくる回り道にしたがって,たどろう.そして,そのような回り道をせざるを得ないことを,彼自身,科学の言説の理想に鑑みて嘆きつつも,Freud がこう断言していることを忘れずにおこう: 彼がそのような回り道を強いられるのは,彼の客体によってである,と.そのとき,このことが見えてくる: その客体は,Freud の考えがたどった回り道と同一である,ということが.

この Lacan の文章は,Heidegger が「思考不可能なもの」について言っていることを思い起こさせます:

ひとつの思考がより本源的であるほどに,それによって思考されなかったことはよりいっそう豊かとなる.思考されなかったことは,[そのような本源的な]思考が与えるべく有している最高の贈りものである (Was heißt Denken ? GA 8, p.82).

ひとりの哲人の思考作業がより偉大であるほどに – それは,その哲人の著書の規模や数とは決して重なり合わない –,その思考作業において思考されなかったこと – すなわち,その思考作業によって初めて,かつ,それによってのみ,いまだに思考されていないこととして浮かび出てくること – は,よりいっそう豊かである (Der Satz vom Grund, GA 10, p.105).

つまり,我々が偉大な哲人 Freud の思考の跡を Lacan の手引きにしたがってたどるときに初めて,その回り道が描く曲線はひとつの穴を規定していることが我々にも見えてきます.そして,その穴の中心に位置するもの,ないし,その穴そのものを,Lacan は objet a [客体 a ]と名づけます.

今や我々は,Lacan の思考の難路 – 狭く,険しく,回り道や悪循環であるのみならず,行き止まりに終わっているかもしれない道,要するに,Heidegger が Holzwege と呼んだもの – を,我々自身,たどり直してみなければなりません.それによって初めて,精神分析においてかかわる主体の存在の真理が我々の眼前にも浮かび出てくるであろうからです.


東京ラカン塾精神分析セミネール「文字の問い」第19回


日時 : 2016年05月13日,19:30 - 21:00 ;
場所:文京区民センター 2 階 C 会議室.

引き続き,Lacan の Le séminaire sur « La Lettre volée » の読解を行います.

参加費無料.事前の登録や申請は必要ありません.

テクストは各自持参してください.テクスト入手困難な方は,小笠原晋也へ連絡してください : ogswrs@gmail.com

なお,今回から会場が,文京シビックセンター内ではなく,文京区民センター内に変更されます.お間違いなきように.

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