Le signe de la femme, 女の徴
Edgar Allan Poe の『盗まれた手紙』において,Lacan が原光景と呼ぶ最初の場面で,王に対して女王は手紙を隠します.つまり,verdrängen [抑圧,排斥]します.
その手紙を大臣 D は持ち去ります.つまり,déplacer [座を移す,転座]します.そして,隠します.
大臣は,本来は女王の役割である「隠す」という役割を身にまといます.「隠すという行為にかくも適切な〈女と陰の〉属性までをも身にまとう」(Écrits, p.31) と Lacan は言っています.
「隠す」との関連において Lacan は既に Heidegger における Verborgenheit [秘匿性]としての真理へ言及しています (cf. Écrits, p.21):「真理は,己れを隠すことによって,真理を愛する者らへ最も真に己れを差し出す」.
己れを隠す真理の座へ排斥され,déplacement [転座]において己れを維持する lettre [手紙,文字],それが本当の主体である,と Lacan は述べています (cf. Écrits, p.29).
ところで,盗まれた手紙を隠し持つ大臣 – 「徴示素により住まわれた人間」(Écrits, p.31) – は「最も奇妙な odor di femina [女の臭い]を発する」(ibid., p.35).
Odor di femina は,1891年ころに匿名で出版されたフランス語のポルノ小説の表題です.現在のイタリア語の正書法においては,odor di femmina と書かれるべきです.
ともあれ,大臣は女性化します.なぜなら,彼が隠し持つ lettre は,signe de la femme [女の徴](Écrits, p.31) であるからです.
signe de la femme ! Freud が男児においても女児においても性本能にとってかかわるのは phallus だけであり,女性性器は問題外だ,と述べたこと,また,1971年の Séminaire XVIII において公式化される La femme n'existe pas [女は現存しない]を知る我々にとっては,「女の徴」という Lacan の表現は注意を引きます.
当時の Lacan は女性性の徴示素があると考えていたのでしょうか?そうではありません.この signe de la femme は,まさに「書かれぬことを止めぬ」不可能な徴示素 phallus
学素
ともあれ,盗まれた手紙が去勢
そして,盗まれた手紙を大臣 D のところから取り戻して,警視総監 G に手渡すまでの間,それを保持する Dupin も女性化していることを,Lacan は指摘します.その一節は,27日に読むことになるでしょう.
ところで,Dupin が二度目に大臣の部屋を訪ね,外の物音に大臣が気を取られている間に Dupin が card-rack から手紙を抜き取ろうとしている瞬間を描いた挿絵があります:
この挿絵では,Baudelaire による仏語翻訳におけるように,Dupin は暖炉のマントルピースの上にある card-rack から手紙をつかみ出しています.ところが,Poe の原文では,card-rack についてこう述べられています:
a trumpery filigree card-rack of pasteboard, that hung dangling by a dirty blue ribbon, from a little brass knob just beneath the middle of the mantelpiece [銀線細工を模したボール紙製の card-rack が,マントルピースの中央部のちょっと下に,小さな真鍮製のノブから,汚い青いリボンでぶるさげられてあった].
暖炉に火が入れられるだろうのに,その前面開口部の上部に位置するように,手紙の入った紙製の card-rack がぶるさげられてある.奇妙な話です.
隠された手紙を Dupin が見出すこの場所について,Lacan はこう言っています (Écrits, p.36) :
cet endroit dénommé par les séducteus le château Saint-Ange dans l'innocente illusion où ils s'assure de tenir de là la Ville [その場所を,誘惑者たちはカステル・サンタンジェロと名づけている – そこから都ローマを掌握することが保証されているという無邪気な錯覚において].
Écrits p.36 の第一段落と第二段落において,Lacan はこう論じています:手紙を見つけることのできない警察にとっては,盗まれた手紙は,巨大な女体のごとくに,大臣の部屋の空間のなかに広がっており,それ自身を隠している.
女の体が言及されていますから,Castel Sant'Angelo は,おそらく,Roma の街全体になぞらえられている女の体を支配するための勘どころ,つまり clitoris – もっとも Lacan は,それは無邪気な錯覚だと揶揄していますが – を表している のではないか,と解釈され得るでしょう.
実際,Lacan が用いている jambages [暖炉のマントルピースの左右の脚の部分]という語は,jambes [脚]を暗示しています.
上の挿絵を見ると,暖炉の開口部は膣口であり,マントルピースの中央部分に付いているのだろう小さなノブは,clitoris である,と想像することができます.
そしてそこに,盗まれた手紙は,抹消された phallus
そのような解釈の可能性を Edgar Allan Poe 自身が想定していたとは,敢えて主張しませんが...
Lacan も,そんな議論は,「台所の推理,料理女の推理」(つまり,下司の勘ぐり)にまかせておけば良い,と言っています(Lacan がこのテクストを書いたのは1956年であることを考慮してください).
東京ラカン塾精神分析セミネール「文字の問い」 2015-2016年度 第21回
日時 : 2016年05月27日,19:30 - 21:00,
場所:文京区民センター 2 階 C 会議室
Lacan の Le séminaire sur « La Lettre volée » の読解を継続します.
参加費無料.事前の申請や登録は必要ありません.
テクストは各自持参してください.テクスト入手困難な方は,小笠原晋也へ御連絡ください : ogswrs@gmail.com
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