2015年5月31日

jouir という語 : Marguerite Duras の小説 L'amant de la Chine du Nord の一節から.

Marguerite Duras (1914-1996) は子供時代の大部分を,当時フランスの植民地だったインドシナで過ごしました.その時代に経験したことにもとづく自伝的小説を彼女は幾つか書いています.そのうちのひとつ,1984年に発表された L’Amant [愛人]はベストセラーになり,Jean-Jacques Annaud により映画化されることになりました.しかし,映画の脚本を作成する過程で二人の協力関係は破綻しました.Annaud は独自の脚本を作り上げ,映画は1992年に公開されました.Duras も脚本代わりに新たなテクストを書き上げ,1991年に L’Amant de la Chine du Nord [北シナの愛人]を発表しました.

以下に紹介する『北シナの愛人』の一節において,時は1920年代後半,場所はインドシナの或る都市にある学校の寄宿舎.主人公 Marguerite Duras と友人 Hélène Lagonelle との会話.彼女たちの年齢は14-15歳です.

Tu ne devais pas me raconter quelque chose...
Hélène Lagonelle raconte tout de suite et d’une traite ce qui est arrivé à la pension Lyautey.
Figure-toi, il y en a une, les surveillantes, elles l’ont découverte, elle fait la prostituée tous les soirs, là derrière. On s’était aperçu de rien. Tu sais qui c’est : c’est Alice... la métisse...
Silence.
Alice... Avec qui elle va comme ça ?
N’importe qui... des passants... des hommes en auto qui s’arrêtent, elle va aussi avec eux. Ils vont dans le fossé derrière le dortoir... toujours au même endroit.
Silence.
Tu les as vus...
Hélène Lagonelle ment :
 Non, elles m’ont dit, les autres, que c’est pas la peine de regarder, qu’on ne voit rien du tout...
L’enfant demande ce que dit Alice de cette prostitution.
Elle dit que ça lui plaît... même beaucoup... que ces hommes on les connaît pas, on les voit pas, presque pas... et que c’est ça qui la fait... comment on dit...
L’enfant hésite et puis elle dit le mot à la place d’Alice.
Elle dit : jouir.
Hélène dit que c’est ça.
Elles se regardent et rient du bonheur de se retrouver.
Hélène dit :
Ma mère, elle dit qu’il ne faut pas dire ce mot, même quand on le comprend. Que c’est un mot mal élevé.


何かわたしに話すことがあったんでしょ...
Hélène Lagonelle は,Lyautey 寄宿学校で起きたことをすぐさま一気に話す.
あのね,監視の先生たちが見つけたのよ,彼女が売春しているのを,毎晩,裏で.それまで誰も気づかなかったけど.誰だと思う : Alice ... 混血の...
沈黙.
Alice... 誰とするの?
誰とでもよ... 通行人とか... 男が車で通りかかって,止まるでしょ,そんな男たちともやるのよ.寄宿舎の裏の窪地へ行くの... いつも同じ場所.
沈黙.
あなた,見たのね.
Hélène Lagonelle は嘘をつく:
いいえ,ほかの子たちが言ってたわ,見てもしょうがないって,何も見えないって...
子ども[主人公 Marguerite Duras のこと]は,Alice が売春のことを何と言っているのか尋ねた.
いいって... とってもいいって... 相手の男たちのこと知らないし,会ったこともない,ほとんどまったく... だからこそあれなんだって... 何て言うの...
子どもはためらう.次いで,その語を言う,Alice の代わりに.
彼女は言う : jouir[悦する].
そうそう,それよ,と Hélène は言う.
ふたりは見つめあい,再会の幸福に笑う.
Hélène は言う:
お母さんは言ってるわ,その語を言ってはいけないって.わかってても.お行儀の悪い語だって.

2015年5月22日

Yayoï Kusama en pleine créativité

Yayoi Kusama, Give Me Love, in David Zwirner Gallery in NYC.

Works of Yayoi Kusama exhibited in Give Me Love.





朝日新聞 2015年5月21日付 記事より:

草間彌生の活動と表現が,86歳の今もその速度と密度を高めている.アトリエで思いを聞くとともに,New York City での新作展を美術史家の富井玲子氏に評してもらった.

New York Cityでの個展のほか,近作展なども南米やアジアを巡回中の草間.来客も多く,「疲れちゃう」とこぼしながら,朝から晩まで制作に没頭する.昼食時も,左手におにぎりやサンドイッチを持ち,描き続けることが多いという.

おもに描いているのは,2009年から続く「わが永遠の魂」のシリーズ.大画面にアメーバのような有機的な形や生物,人の顔が色鮮やかに描かれる.「頭の中にどんどん出て来ちゃうから手が追いつかない」と語るのは従来通りだが,近作は四周をフレーム状の帯が囲み,密度や構築性がより高まっている.

作品名には,青春,人生,愛,地球,自殺といった言葉が連なる.「(心の病と)闘いながら生み出してきたものが私を癒やしてくれる」と語り,「人や命,平和への畏敬の念が,作品のバックにはある」と言い切る.夜には,宇宙論や中東関係の本にも目を通すという.

アトリエ近くに昨年,プライベートな展示空間が完成した.そこで自作に囲まれると,「向こうから幻覚が出て来て,心が鎮まる」という.しかし何より,精神状態は「描いていると具合がいい」のだそうだ.

そして,こう語る:「倒れるまで,死にものぐるいで絵を描く.もっともっといい作家になりたい」.私たちは今後,新たな草間芸術と出あうことになるに違いない.
(編集委員,大西若人)

The Art Newspaper 紙によれば,草間彌生は,2014年,全世界の美術館における展覧会動員数第1位を達成したというが,今年に入っても,その人気は衰えるところを見せない.

週末の59日に New York City David Zwirner Gallery で始まった個展 Give Me Love 613日まで)は,土曜日だけに子供連れの来場も多かった.ステンレススチールの鏡面仕立てで華やかな立体作品 Pumpkin にじっと見入り,カラフルな水玉のステッカーを貼り付ける参加型の The Obliteration Room のインスタレーションには,初日だけで千人以上の参加があった.

とはいえ,こうしたスペクタクルだけが草間の作品ではない.むしろ,長年の草間ウォッチャーとしては,本業 (?) の絵画での展開に目を見張るものがあった.

現代アートでは,Damien Hirst のように絵画制作を助手に任せることも日常茶飯事だ.しかし,草間の場合,2004年から着手した「愛はとこしえ」シリーズから「作家が描く」という原点に立ち戻った.最初は白地のカンバスにマーカーで線描した単純なものだったが,アクリル絵の具での本格的な描画に移行.2012年の Whitney Museum of American Art の回顧展,2013年の David Zwirner Gallery 個展でも新作絵画が多数紹介された.

本展では,制作のリズムに乗りながら直感的に展開していく草間流が全開.メリハリのある色使いに,随所に黒を大胆に効かせた画面は,ちょっとアフリカ風でパワフルだ.

画家の晩年様式は Rembrandt Monet でも議論されるところだが,草間の近作は年齢を感じさせない.真摯に芸術に生きてきた草間は今,自由に絵画三昧にひたる至福の境地にたどり着いた.
(富井玲子,美術史家)

2015年5月17日

Non est regia ad veritatem via.

https://www.facebook.com/groups/1425874097711021/1449833488648415/?comment_id=1450174268614337&notif_t=like

X : Hello to everybody, I am interested in learning more about what Heidegger thought about language and in what way it is related to Lacan's view. I know a lot of details about this thinkers relation, but I still can't get myself around platitudes and some dense texts that are not really disclosing any sort of thing. "We are still not thinking" : I really like this kind of attentiveness that Heidegger taught. We are supposed to follow how a question can arise in some thinkers thought. Can somebody shed some light on this subject ? What is common to Heidegger and Lacan on the matter of language ? and what it reveals ?

Y : Shin'ya Ogasawara, any thoughts ?

Shin'ya Ogasawara : Y, je vous remercie de m'avoir invité à répondre à la question que pose X. X, vous êtes vraiment dans la bonne piste de vous poser cette question cruciale. La relation de Heidegger et de Lacan est un amour à sens unique : Heidegger ne s'intéresse pas sérieusement à la psychanalyse, tandis que Lacan apprend de Heidegger ce qui est essentiel pour fonder la psychanalyse sur l'Ab-grund des Seyns. Je formaliserais de la formule suivante ce qui lie Heidegger avec Lacan :


Et je vous invite à lire mon article Heidegger avec Lacan.

X : Thank you for taking the time to answer. Unfortunately I can't read French. I can barely understand it, so I can't enjoy reading your article. Maybe you can make an pedagogical exercise in English ?

Shin'ya Ogasawara : I suppose your mother tongue is Rumanian, one of Latin languages as French, so that you can learn French much more easily than I did, I a Japanese. You look young enough to begin now learning French. I must tell you that you cannot read Heidegger if not in German, nor you cannot read Lacan if not in French. English translations are of no use to read Heidegger and Lacan. Anyway the formula, in Lacan's term "mathème", presented above will serve you as a key to decipher Heidegger and Lacan. What looks like fraction is not a fraction, but a structure of substitution : for, instead of, in place of. For example, when Heidegger says : "Das Seyn west in der Wahrheit : Lichtung für das Sichverbergen" (Beiträge, p.29), this "für" means substitution, "in place of".


X : You are right about my native tongue. I suppose indeed it would be easier. But I am not such a devoted learner. Thank you for your answer.


Shin'ya Ogasawara : Non est regia ad veritatem via.

2015年4月8日

再び Raif Badawi のために: Saudi Arabia で自国の政教分離の必要性を blog で主張しただけで禁固10年,鞭打ち1000回の刑を科せられた若者に関心を!

本年3月30日付の blog 記事でも紹介したように,サウジアラビアの若者 Raif Badawi は2012年6月17日に自国の政府により逮捕されました.

彼は,サウジアラビアにおける政治的自由を求めるために2008年に blog を始めました.そして,そのことだけのせいで,イスラム教侮辱の罪,ならびに情報管理法違反の罪で,鞭打ち1000回と禁固10年の有罪判決を受けました.

しかしさらにサウジアラビア当局は,彼を背教罪で再び裁判しようとしています.最悪の場合,背教罪には斬首刑が適用されます.

ハィデガーと親鸞: 或る浄土真宗僧侶の作り話について


ハィデガーと親鸞: 或る浄土真宗僧侶の作り話について



日本人は Heidegger と仏教とを結びつけるのが好きなようだ.おそらく,Heidegger が「無」について語ったからだろう.確かに Heidegger は Tao [道]の概念に注目している.しかし,それは,Weg [道]という語が もともと Heidegger のお気に入りであったからにすぎない.Heidegger 自身は,仏教を含む いわゆる東洋思想そのものには さほど関心を持っていない.なぜなら,いわゆる東洋思想は,Heidegger が Geschichte des Seins [存在の歴史]と呼ぶもの,即ち,実在との出会いの可能性の場処には属していないからである.

ところが,浄土真宗から派生した新興宗教団体 親鸞会(会長 高森
顕徹 [ 1929- ] 氏)は,「ハイデガーは,晩年,歎異抄に驚嘆し,親鸞聖人に帰依した」と主張している:

https://www.youtube.com/watch?v=OcvzJ2-kpTI

https://www.shinrankai.or.jp/s/movie/heidegger/index.htm

http://www.shinrankai.or.jp/koe/090828ronbun.htm(2020年09月13日に再確認したところ,この link は無効になっている)

Heidegger を読み込んだ者なら 一笑に付するだけの話だが,親鸞会の上記動画をわたしに教えてくれた或る若い人は その主張を真に受けかけた.ほかの人々もだまされる危険性がありそうなので,このまま放っておくわけにも行くまい.検証しておこう.

親鸞会の Heidegger に関する上記主張の根拠は,1963年08月06日付の『中外日報』紙に掲載された松野尾潮音氏の文章に存する.『中外日報』社が提供してくれたコピーを 提示しておこう:


 
コピーが 一部 不鮮明であるので,転記しておく.漢字仮名遣い,句読点や括弧の使い方は 部分的に修正してある.

現代日本人,いや 世界の人々の一番の関心と苦悩は,平和の問題に対する見通しが立たないことだ と思う.キューバ問題が緊迫して,まかりまちがえば水爆戦争に突入するんじゃないかという前夜,東京新橋の芸者たちは 自前で徹夜して飲んだ という.人間に生まれて 今まで,他人の気がねばかり気づかって,お酌ばかりしてきた.それでは 死んでも死にきれない.ひとつ 今晩 大いにやろうというので,仲間だけで飲んだ.幸い戦争が避けられて,明朝は 頭の痛いのと莫大な勘定だけが残ったという.しかし 笑いごとではない.誠実に人生を生きようとしない今日の刹那的感覚のみに明け暮れていたのでは,このように取りみだすのも無理はない.

常に 私どもの頭の上には 平和問題が覆い被さっているが,今,長いものは考えられない.昔に比べると 生活設計の時間が短くなってきた.つい 投げやりになる.今の世界の人のものの見方,考え方の特徴は,やっぱり この問題の見通しがつかないところから色づけられている.平和の理想像だけを言っていたのでは 始まらない.平和の問題をどうしたら見通しづけられるか,自分の問題として取り組み,思想的な遍歴の挙句に 親鸞聖人の歎異抄に到って,「これだ!この教えあってこそ 初めて 平和の問題に対する見通しは明らかになる」と 深くこれを喜び,トインビーにその見解を支えられながら,先に『現代に生きる歎異抄』を著し,その後,同志相寄って歎異抄研究会を組織し,東洋文庫を発刊したのは,日銀の行員で,仏教に縁のなかった人であった.

また 外国では 戦後,一世を風靡した老哲学者ハイデッガーが 老後の日記にて「今日,英訳を通じて 初めて 東洋の聖者 親鸞の歎異鈔を読んだ.『弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけり』とは,何んと透徹した態度だろう.もし十年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったら,自分は ギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった.日本語を学び,聖者の話しを聞いて,世界中にひろめることを生きがいにしたであろう.遅かった」と書いている.更に「自分の側には 日本の哲学者,思想家だという人が三十名近くも留学して弟子になった.ほかのことではない.思想・哲学の問題を随分話し合ってきたが,それらの接触を通じて,日本にこんな素晴らしい思想があろうなどという匂いすらしなかった.日本の人たちは 何をしているのだろう.日本は 戦いに敗けて,今後は 文化国家として 世界文化に貢献するといっているが,私をして言わしむれば,立派な建物も美術品もいらない.なんにも要らないから,聖人の御教えの匂いのある人間になって欲しい.商売,観光,政治家であっても,日本人に触れたら何かそこに深い教えがある という 匂いのある人間になって欲しい.そしたら 世界中の人々が この教えの存在を知り,フランス人はフランス語を,デンマーク人はデンマーク語を通して,聖人の御教えをわがものとするであろう.そのとき 世界の平和に対する見通しがはじめてつく.二十一世紀文明の基礎が置かれる」と述べている.

ここに改めて我々のなすべきことは 何であるか.聖人がなんとおっしゃったかということを超えて,今の私の日暮らしを御覧になったら なんとおっしゃるであろうか.回顧,反省させて頂き,その場から身にかけて実践する.実践によってあらたな問いを持つ.問いをもって聖教をふり返る.聞かして頂いたところから身にかけて実践する.身体で念仏する日暮らしにかえらせて頂くことが,私どものなすべき唯一の方途の営みであることを しみじみ頂くことである.

この文章を書いた松野尾潮音(マツノオ チョウオン,1921-1999)氏は,彼の著書のひとつ :『仏教と浄土真宗』をわざわざ参照してくれた人からの情報によると,東大でインド哲学を専攻した浄土真宗本願寺派の僧侶であり,愛知県岡崎市にある明願寺の住職をしていた.

しかしながら,上の文章において,キューバ危機に関する話はいかにも創作めいているし,「東洋文庫」に関する記述も Internet 上の情報からは裏付けすることができなかった.そして,そもそも,Heidegger に関して述べられていることは まったくの作り話である と わたしは 断定する.見て行こう.

Heidegger は,1976年05月26日に 満 86 歳 8 ヶ月で亡くなる.1963 年の時点では 74 歳,死去まで まだ 12-13 年 ある.もし仮に彼が普通の意味での日記をつけていたとしても,それが 1963 年より前の時点で 部分的にでも 公表されたという話しは 聞いたことがない.もし仮にそれが事実であったなら,今,世界中の Heidegger 研究者たちがその日記に言及しているだろう.ところが,そのような言及を,わたしは,ついぞ見かけたことがない.

彼の「日記」と言えるようなもので 公表されたものは,2014年に出版が開始され,Heidegger の「反ユダヤ主義」の証拠として 現在 大変な話題になっている「黒ノート」[ Schwarze Hefte ] 以外には 無い.現時点で,彼の「黒ノート」は,Gesamtausgabe[ハィデガー全集,全 102 巻]の 第 94 巻から 第 97 巻として,1931年から 1948年までの部分が 出版されている(追記 : 2020年09月13日現在,第 100 巻までが出版されている).わたしはまだ自分でそれらを全部は読んでいないが,そこに親鸞や歎異抄への言及があるとは聞いていない — もし仮に 松野尾潮音氏が述べているようなことが記されているなら,当然ながら,「反ユダヤ主義」と同じ程度に話題になっているだろうが.

たまたま 1963年には,タイ人 仏教僧 Bhikku Maha Mani が Heidegger を訪ねてきている.その際のふたりの対談は映像記録として残されており,また,Gesamtausgabe 第 16 巻に その部分的テクストが 収録されている.

そこにおいて,「あなたは何十年にもわたり人間の本有について熟思なさってきましたが,どのような洞察に到達しましたか?」と問う仏教僧に対して,Heidegger (Gesamtausgabe, Band 16, pp.590-591) はこう答えている:

わたしの思考の決定的な経験 — つまり,西洋の哲学にとっては,西洋的思考の歴史の思い起こし — は,次のことを わたしに 示現しました:従来の思考において決して措定されなかった問いが ひとつある.それは 即ち,存在に関する問いです.そして,その問いが有意義であるのは,我々は西洋的思考において人間の本有を次のことによって規定するからです:即ち,人間は,存在へ応語することによって,存在との関係において 立ち,実存している,ということ.つまり,人間は,そのような応語するものとして,言語を有する存有である.仏教とは異なり — と わたしは思いますが —,西洋的思考においては,人間とほかの生物 — 植物や動物 — との間には,本有的な区別が為されています.人間は,言語を有するということによって 特徴づけられています.即ち,人間は,存在との知的関係 — そこにおいて人間は存在を知り得るところの関係 — に立っている,ということによって 特徴づけられています.しかるに,存在に関する問いは,西洋的思考のこれまでの歴史においては 措定されませんでした.あるいは,よりはっきり言えば,この観点においては,これまで 存在は 人間に対して 己れを秘匿してきました.であるがゆえに,わたしの確信によれば,存在に関する問いは 今や 措定されねばならないのです.同時に,人間とは何であり,誰であるか という問いに対する 答えを得るためにも.

以上の一節においても読み取れるように,Heidegger は 仏教や「東洋思想」に対する思い入れのようなものは 一切 持っていない.Heidegger にとって関わっているのは,あくまで,Sokrates 以前の哲人たちから 形而上学を経て Nietzsche に至る 西洋的思考のなかで,言語の構造において己れを示現しつつ秘匿してきた存在の歴史である.

1963年前後の Heidegger の重要なテクスト 『時間と存在』(1962) および『哲学の終焉と思考の課題』(1964) — においても,「東洋思想」や仏教への言及は 皆無である.

なぜなら,Heidegger が目ざしているのは,西洋的形而上学の限界を「東洋思想」への逃避によって覆い隠すことではなく,しかして,形而上学の行き詰まりを その源初を成す「存在の真理の深淵」へ遡ることによって 超克することだからである.

以上から,松野尾潮音氏の述べていることは 明白に まったくの作り話である,と わたしは 断定する.

「十年前に親鸞を知っていたなら,ギリシャ語もラテン語も学ばなかった」というくだりは,まったくの噴飯ものである.Heidegger の年代の知識人は,中学校から大学にかけて,古典古代の言語と教養を徹底的に叩き込まれて育っている.

さらに,「今日,英訳を通じてはじめて東洋の聖者 親鸞の歎異抄を読んだ.弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけりとは,何んと透徹した態度だろう」というくだりの「弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけり」という文は,「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば,ひとえに親鸞一人が為なりけり」という歎異抄の原文のほぼ正確な引用である.しかし,もし仮に松野尾潮音氏の言うことが事実であるなら,Heidegger は 歎異抄を 英訳で読み,自分の日記には 英文を さらにドイツ語に 翻訳したはずであろう.そして それを さらに誰かが 日本語に翻訳したことになる.そのような多重翻訳を経て,歎異抄の日本語原文がほぼ正確に再現され得るはずはない.しかるに,引用が正確であるのは,それを含むくだりが松野尾潮音氏の作文であるからだ,と推測するのが 自然である.

また,「何にも要らないから 聖人の御教えの匂いのある人間になって欲しい.商売,観光,政治家であっても 日本人に触れたら 何かそこに深い教えがある という匂いのある人間になって欲しい」という文については,Heidegger のテクストにこのような比喩的意味における「匂い」という語が登場したのを見かけたことは 一度も無い.これも,線香の煙のなかで暮らしている仏教僧ならではの作文である.

松野尾潮音氏は既に故人である以上,彼自身に事実を確認することは もはや不可能である.しかし,以上に検証したとおり,彼が Heidegger に関して言っていることは全くの作り話である と断定するしかない.

多分,彼は,中外日報という仏教業界紙に載せる駄法螺のために考え出し作り話が Heidegger 研究者の目にとまることは よもや あるまい と 高をくくっていたのであろう.あるいは,もしかしたら,彼は,見えすいた嘘を平然とつくことによって人を笑わせることを芸とする「和尚さん」として,当時,仏教界ないし仏教業界では よく知られていたのかもしれない.

ともあれ,松野尾潮音氏は,高森顕徹氏が 親鸞会の宣伝のために 彼の戯言を 真なるものと偽って 提示して,Internet 上で不特定多数の目に触れるようにすることになろうとは,予想だにしていなかったに違いない.

以上の指摘を わたしは 親鸞会に伝えたが,同会から 誠意ある回答は 得られなかった.その後も「ハイデガーは晩年,歎異抄に驚嘆し,親鸞聖人に帰依した」という内容の記事も動画も,そのまま維持されている(2020年09月13日に調べたところ,親鸞会の Heidegger に関する動画は,幾人かの人々によって引用されてもいる).

Heidegger と歎異抄に関する松野尾潮音氏の虚言の利用を親鸞会が中止するかどうか,今後 ときどき 再調査せねばならないだろう.もし仮に親鸞会が 誠実で 良心的な団体であるなら,親鸞と歎異抄の宣伝のために Heidegger のことをよく知らない人々をたぶらかすことを これ以上 続けることはないはずであろう.

(2020年09月13日に部分的に加筆)

2015年4月5日

東京ラカン塾精神分析セミネール 2014-15年度 第三学期の予定.

Lacan の Séminaire XI Les quatre concepts fondamentaux de la psychanalyse [精神分析の四つの基礎概念]の解説を継続します.
時間は従来どおり,金曜日19:30 - 21:00 です.
会場は,文京区役所の建物,文京シビックセンター内の会議室ですが,どの部屋を使用するかは月ごとに異なります.留意してください.

190410日.第IX章「絵画とは何か」.
文京シビックセンター 3 A会議室.

200417日.第X章「分析家の現在」.
文京シビックセンター 3 A会議室.

210424日.第XI章「分析と真理,または無意識の閉じ」.
文京シビックセンター 3 A会議室.

0501日と0508日は連休休講.0515日から再開.

220515日.第XII章「徴示素の行列に存する性」.
文京シビックセンター 3 B会議室.

230522日.第XIII章「本能の分解」.
文京シビックセンター 3 B会議室.

240529日.第XIV章「部分本能とその回路」.
文京シビックセンター 3 B会議室.

250605日.第XV章「愛からリビードへ」.
文京シビックセンター 5 A会議室.

260612日.第XVI章「主体と他 A : 異状」.
文京シビックセンター 5 A会議室.

270619日.第XVII章「主体と他 A (II) : 消失」.
文京シビックセンター 5 A会議室.

280626日.第XVIII章「知の仮定された主体について,源初的二項関係について,善について」.
文京シビックセンター 5 A会議室.

290703日.第XIX章「解釈から転移へ」.
文京シビックセンター内会議室(未定).

300710 (2014-15年度最終回). XX章「汝れのうちなる汝れ以上のもの」,および後書き.
文京シビックセンター内会議室(未定).

2015年3月30日

Raif Badawi の釈放を求めましょう : Saudi Arabia で自国の政教分離の必要性を blog で主張しただけで禁固10年,鞭打ち1000回の刑を科せられている若者のために.

Saudi Arabia の若者 Raif Badawi は,自分の blog で自国における政教分離の必要性を主張していました.

彼は背教罪で2012年に逮捕され,2014年に禁固10年,鞭打ち1000回の刑を科せられました.

最初の50回の鞭打ちは201519日に行われましたが,残り950回は彼の健康状態の悪化のために延期されています.

Amnesty International は彼の釈放を求めています.





非人道的な刑罰に抗議し,思想信条の自由を擁護するために,サウジアラビア王国大使館 (106-0032 東京都港区六本木1-8-4 ; 電話:03-3589-5241) Raif Badawi の釈放を要請しましょう: