フロィトの「性本能」論の ラカン的批判
以下は,わたしの著書『ラカンの教え — 精神分析と信仰』(Kindle Direct Publishing, 2026) の § 4.3「性本能の否定存在論的批判」の抜粋である.
なぜ フロィトは,1920年に死の本能を導入する以前,まずは,本能を「性本能」(Sexualtrieb) と捉えたのか — いかにも,彼は,性本能と対立するものとして(つまり,性本能に対する「抵抗」を成すものとして)「自我本能」(Ichtrieb) ないし「自己保存本能」(Selbsterhaltungstrieb) をも措定してはいるが — ? そして,なぜ 彼は,彼の神経症病因論のなかで,性本能を特権化したのか ? その問題に関するフロィト自身の証言を振りかえることによって,我々は,こう推察することができる:それは,このゆえに:遅くとも 1880年代の始めまでに,「ヒステリーの病因は性的なものである」という臆見が,医師たちの間で広く共有されていた.というのも,このゆえに : 1914年の回想的なエッセー『精神分析運動の歴史について』(Zur Geschichte der psychoanalytischen Bewegung) において,フロィトは,神経症の性的病因論は彼自身の独創によるものではないと明言しつつ,その着想を彼に与えた師および先輩たち三人の名を挙げている:シャルコー (Jean-Martin Charcot : 1825-1893), ブロィア (Josef Breuer : 1842-1925), Rudolf Chrobak (1843-1910).
André Brouillet (1857-1914) : Une leçon clinique à la Salpêtrière
フロィトは,彼が1885年10月下旬から約四ヶ月間シャルコーのもとに留学していたときに目撃したあるエピソードを想起しつつ,こう語っている:ある晩,レセプションで,シャルコーは,法医学の教授 Paul Brouardel (1837-1906) から,ある若い夫婦の問題 — 妻の重篤なヒステリー症状 — について相談を受けると,彼に向かってこう断言した : « Mais, dans des cas pareils, c’est toujours la chose
génitale, toujours, toujours, toujours ! »(フロィトのドイツ語原文においてそのシャルコーの言葉はフランス語で引用されている:「だが,その類のケースにおいては,問題はいつでも性器的なものだ — いつでも,いつでも,いつでも!」)
フロィトが1886年に神経医として開業してから 3年後,1889年,以前から親しい仲であった婦人科医 Chrobak は,ウィーン大学の正教授に任命されると,ある女性患者を引き継ぐようフロィトに依頼してきた — 今後,忙しくなるので,彼自身は彼女の治療に十分な時間を割くことがもはやできないから.そして,教授は若き開業医にこう説明した:患者の不安症状は,このことに起因している:彼女は,結婚して18年たった今も,virgo intacta(手つかずの処女)である;なぜなら,彼女の夫はまったくの性的不能者であるから;そのような患者のための唯一の有効な処方は,十分によく知られている — ただ,我々はそのような処方箋を書くことはできないが —;それは,こうである :
« Rx. Penis normalis, dosim, repetatur »(処方:正常なペニス,用量:繰りかえさるべし).
ブロィアは,フロィトのパリ留学以前の 1880年代前半,ある偶然的な機会に,« Geheimnisse des Alkovens »(閨房の秘密)という婉曲表現を以て,ヒステリーの性的病因論をフロィトに示唆したことがあった;さらに,フロィトとの共著『ヒステリー研究』(1895) の理論的なことに関する章においては,彼は,このうえなく明示的にこう断言した : « Der Sexualtrieb ist gewiß die mächtigste
Quelle von lange anhaltenden Erregungszuwächsen (und als solche, von
Neurosen) »(性本能は,確実に,長時間持続する[脳内に生ずる神経生理学的な意味での]興奮増加の最も強力な源泉であり,そして,そのようなものとして,神経症の最も強力な源泉である).ところが,彼らの共著の出版のおよそ半年後,1895年11月8日付の書簡において,フロィトは,ベルリン在住の親友フリースに,こう語っている:四日まえにおこなわれたウィーン医師会の学術会合での講演において,ブロィアは,フロィトのヒステリーに関する発表を絶讃しつつ,彼自身を « bekehrter Anhänger der
Sexualätiologie » と提示した;その表現の意義するところは,これである:「わたしは,フロィトが唱える神経症の性的病因論に,当初は賛同していなかったが,その後,転向して,その信奉者となった」;ともあれ,その会合の終了後にフロィトがブロィアに礼を言いに行くと,ブロィアはフロィトにそっけなくこう言った:「いや,わたし自身は,そんなこと(神経症の性的病因論)を信じてはいない」;フロィトの喜びは打ち砕かれ,彼は当惑するしかなかった.
At Clark University on September 10, 1909. From left in the front row: Sigmund Freud, Granville Stanley Hall (1844-1924: psychologist, the first president of Clark University), Carl Gustav Jung; and from left in the back row: Abraham A. Brill, Ernest Jones, Sándor Ferenczi.
後年,1909年,フロィトは,マサチューセッツ州にある Clark University に招かれたときに,そこでおこなった講演において,こう言っている:
以上の振りかえりから,次のことが推察されるだろう:神経症の性的病因論は,精神分析の理論のなかで必然的に要請されたものではなく,しかして,つまるところ,既に広く共有されていた「ヒステリーの病因は性的なものである」という臆見 — より卑俗な表現で言えば「女がおかしくなるのは,性的欲求不満のせいだ」という女性蔑視に満ちた偏見 — を出発点にしている.
当時,ウィーンの医学界では,医師としての確立された名声を既に有しているブロィアのような者が公の場で性的病因論を唱えても,それは,薄ら笑いを誘う〈言わずもがなの「公然の秘密」の〉暴露として聞き流されるだけだったのだろう;あるいは,それは,同じユダヤ人である後輩のための温情に満ちた援護と受け取られたのかもしれない;いづれにせよ,ブロィアはフロィトに「わたしは本気で性的病因論を信じているわけではない」と言いわたしている.他方,フロィトのような若輩がそれをひとつの学術的なテーゼとしておおまじめに提示すると,彼は先輩たちの顰蹙を買う.
Freud and Fließ in the early 1890s
それゆえ,我々は改めてこのことに感嘆してもよかろう:そのような学界の「空気」をものともせず,フロィトは,彼の「性理論」(Sexualtheorie : 性本能に関する理論)を,精神分析の基礎を成すものとして,作りあげてゆく — フリース (Wilhelm Fließ : 1858-1928) を唯一の支えとしつつ.ところで,そのフリースという男は,彼自身「鼻粘膜反射神経症」(nasale
Reflexneurose) という似非科学的な(要するに,パラノイアックな)ヒステリー病因論を唱える耳鼻咽喉科医である.彼らの交友 — それは,1887年に始まり,一時期,きわめて親密なものであった — は,1906年にこの出来事を以て決定的に終わる:そのとき,フリースは妄想的にこう確信する:人間における「両性具有性」(Bisexualität) に関するフリースの未発表の着想 — それをフリースはフロィトにだけ伝えてあった — の〈ある著者 [1] による〉「剽窃」に,フロィトが関与していた;そこで,フリースは,その件に関して,フロィトを非難する.そのしばらくまえから彼らの文通の頻度はかなり少なくなっていたが,フロィトは,その機に,フリースと絶交する.
[1] 悲劇的にも 23歳 6ヶ月の若さで拳銃により自殺を遂げたオーストリアの哲学者 Otto Weininger (1880-1903) のこと.彼は,ユダヤ人であり,かつ homosexual であるがゆえに,自身の民族性と sexuality について — 特に,彼が彼自身のうちに見いだす女性性について — 非常に強い葛藤を抱えていた(勿論,当時,自身の homosexuality を公言することは,問題外であった);そして,その葛藤にもとづいて,主著『性と性格』(Geschlecht und Charakter) — それは,彼の死の5ヶ月まえに出版される — を書きあげた;そこにおいて,彼の葛藤は,不幸にも,反動形成により,女性性とユダヤ性に対する嫌悪と憎悪の形をとることになった;また,そこには,人間の両性具有性に関する考察 — 勿論,それは,フリースの両性具有性に関する思念とは何のかかわりも有していない — も含まれていた.その本は,著者の自殺のゆえに,当時,ベストセラーとなった.
ともあれ,フロィトの性理論を特徴づけるものが,ふたつある:ひとつは「性的」(sexual, erotisch) の概念の拡張であり,そして,もうひとつは「性本能の発達段階論」である.後者は,前者を目的論的視野のなかに位置づけるために,要請される.
フロィト以前には,性的悦 (la jouissance sexuelle) は,性交における性器悦 (la jouissance génitale) のことであった;実際,シャルコーは,先ほどの引用において「性的」と言う代わりに「性器的」と言っている.しかるに,フロィトは,Richard von Krafft-Ebing (1840-1902) や Havelock Ellis (1859-1939) 等による性倒錯に関する精神病理学的ないし心理学的諸研究に準拠しつつ,性器以外の身体部分ないし生殖以外の身体機能 — 特に,口,肛門,視覚 — において得られる悦をも,性的悦のなかに包含する.口にかかわる性本能と肛門に関わる性本能は,後述のように,発達段階論のなかに組みこまれる;だが,視覚本能 (Schautrieb, la pulsion scopique) — それは,露出と窃視とに存する視覚的性倒錯から演繹される — については,フロィトはそれを発達段階論のなかには位置づけなかった.また,我々は,ラカンの四つの客体 a — 口の本能の客体としての乳房,肛門の本能の客体としての糞便,視覚本能の客体としてのまなざし,および,聴覚本能 [2] (Hörtrieb, la pulsion invocante) の客体としての声 — を知る限りにおいて,なぜフロィトは聴覚本能を論じなかったのだろうか?と自問する;そして,こう答える:それは,おそらく,性倒錯の精神病理学において声がかかわる類型が論ぜられたことがなかった [3] からであろう.
[2] « Hörtrieb »(聴覚本能)という語は,フロィトが用いた « Schautrieb »(視覚本能)という語に対応するものとして,要請されてよいだろう.その語の実際の用例を探したところ,ラカンがセミネール XI のなかで一回だけ用いた « la pulsion invocante » — 意外にも,それはラカンの教え全体のなかで hapax(唯一用例)である — のドイツ語訳としてそれが用いられているのが見つかった.その pulsion invocante に関して,ラカンは,それが客体 a としての声にかかわるものであるということ以上の説明を,我々に与えていない.語源的には,フランス語の動詞 invoquer(祈りによって神などを助けに呼ぶ)は,ラテン語の動詞 invocare に由来し,後者は vocare(呼ぶ,招く)に由来し,さらに,その語は名詞 vox(声)に由来している.« La pulsion invocante » を「祈願本能」と訳すことは,次の訳注において言及する声とサドマゾヒズムとの関連を考慮するなら,あまり適切とは言えないだろう. [3] ただし,ラカンは,セミネール XVI において,こう指摘している:声 — 命令や侮辱の声 — は,サディズムおよびマゾヒズムにおいてかかわる客体 a である;その場合,マゾヒストは,他が発する命令や侮辱の声を聞くことを欲し,それに対して,サディストは,自身が発する命令や侮辱の声が他によって聞かれることを欲する.
次に,性本能の発達段階論について:そこにおいて,フロィトは,こう公式化する:人間が乳児から成人へ成長してゆく発達の過程において,性本能も未成熟な状態から成熟した状態へ発達してゆく — 成熟した性本能が,その本来的な目的である生殖に役だち得るものとなるように.まず,未成熟な段階 —「前性器期」(die prägenitalen
Phasen) — においては,性本能は,性器以外のいくつかの特定の器官 — それらは人体表面に開口を有するものである — にかかわる部分的なもの(Partialtriebe : 部分本能)である:すなわち,まずは,栄養摂取の器官としての口にかかわる部分本能,次いで,排泄の器官としての肛門にかかわる部分本能.そして,それらの部分本能は,「ファロスの優位」(das Primat des Phallus) のもとに,ひとつの性本能へ統合され,それによって「ファロス期」(die phallische Phase) が成立する;そのファロス期は「オィディプス期」(Ödipusphase) — オィディプス複合が活発である 3歳から 5歳の時期 — と重なる.しかし,その時期には生殖器官そのものは未成熟であるので,性本能の発達は,いったん「潜伏期」(Latenzperiode) に入る;そして,生殖器官が成熟してくる思春期に,性本能の発達は,最終的な成熟段階である「性器体制」(Genitalorganisation) に到達する;そのように成熟した性本能は,性交において十全な性的悦を得ることができる;そして,性本能の本来的な目的である生殖に役だつことができる.
そのような発達段階論をふまえて,フロィトは,しばしばこのような議論を展開する:ここで検討の対象となっている症例においては,性本能の発達は,小児期に,いったんファロス期に到達したが,オィディプス複合にともなう去勢複合における去勢不安のゆえに,前性器的な段階(口の段階または肛門の段階)へ退行した;そして,性本能はそこに固着したままとなっている.そのような状態においては,性本能は,前性器的な(性倒錯的な)悦を得ることはできても,本当の十全たる性的悦を得ることはできないがゆえに,病原的に作用する;かくして,患者が成人 — または,未成年でも,思春期以降の年齢 — となったとき,実現されていない性器体制における性器的な悦の代わりに,前性器的な(性倒錯的な)代理悦を可能にする症状が形成されたのだ.
されば,精神分析の治療的課題は,このことに存することになるだろう:性本能の前性器的な固着を解消し,性器体制を確立すること.しかるに,そのような治療過程は,去勢不安を改めて惹起することになる;ところで,フロィトは,『終りある分析と終りなき分析』(1937) において,こう論じている:精神分析の過程は,克服不可能な去勢不安に突きあたることを以て,行きづまりに陥らざるを得ない.それゆえ,もし精神分析の治療目標が性本能の前性器的固着の解消と性器体制の確立に存するならば,去勢不安のゆえに,その目標は達成不可能である.以上のように,もし我々がフロィトの性理論に無批判的にもとづくならば,我々は,精神分析は不可能な治療であると結論せざるを得ないことになる.
だが,されば,我々は批判的にこう問う必要がある:フロィトの性理論のどこに誤りがひそんでいるのか ? ラカンは,その問いに対して,1953年のローマ講演において,この表現を以て,的確に答えている : la « mythologie de la maturation instinctuelle [4] »(本能の成熟という神話).それは,こういうことである:如何にも,フロィトはこう考えていた:「性本能が前性器期からファロス期へ成熟してゆく際に,前性器的な部分本能(複数)は,ファロスの優位のもとに,ひとつの性本能へ統合される」;しかし,そのようなファロスは神話的なもの — 架空のもの — にすぎない.それゆえ,性本能の最終的な成熟段階としての性器体制も,ひとつの虚構にすぎない.さらに,「性本能の本来的な目的は,生殖である」という命題も,単に形而上学的な目的論の観点において要請されたものにすぎない.実際,ラカンは,セミネール XX Encore の 1973年2月20日の講義において,こう言っている:「性行為は,雄(オス)の多形的性倒錯である — 語る存在(すなわち,人間)においては —」(L’acte d’amour,
c’est la perversion polymorphe du mâle, ceci chez l’être parlant). その「多形的性倒錯」という表現は,フロィトが小児における性本能に関して用いたものである;それは多様に性倒錯的である — なぜならこのゆえに:小児においては,生殖を目的とせずに,外性器を含むさまざまな身体部分または身体機能において,性的悦が達成されようとする.
[4] Cf. Écrits, p.263. そこにおいてラカンが本能に関して用いる「神話」という語は,フロィト自身がまさに本能に関して用いたその語を想起させる.フロィトは,『精神分析への導入のための新たな一連の講義』(1932) において,自嘲ぎみにこう述べている:「本能に関する[精神分析の]学説は,言うなれば,我々の神話学である.本能は,神話的な存在であり,その定かならざることにおいて 大したものである」.つまり,エジプト芸術の謎がエジプト人たち自身にとって謎のままであったように,フロィトの「本能」の謎も彼自身にとって謎のままであったというわけだ.
以上のようなフロィトの性理論に対する批判を,ラカンは,最終的にこう公式化する:「性関係は無い」(il n’y a pas de rapport sexuel) ; その公式は,1968-1969年のセミネール XVI『ひとつの他 A から 他 a へ』において,彼の教えに導入される.それは,否定存在論的トポロジーにおいては,このことである:否定存在論的孔穴を塞ぎ得る支配者徴示素 S1 としての「徴示的なファロス」(le phallus symbolique) Φ は,不可能である,すなわち,書かれないことをやめない.如何にも,古代ギリシャにおいて,紀元前6世紀よりももっと古くから — つまり,ソクラテス以前の哲人たちの時代よりもずっと前から — ディオニュソス祭 (τὰ Διονύσια) において,参加者たちは,大きな〈勃起したファロス (ἰθύφαλλος) の〉木像を持ち運びつつ,熱狂的に練り歩いた (τὰ
φαλληφόρια または
τὰ φαλλαγώγια) ; それ(勃起したファロス)は,豊饒性(多産性)と生命力と性的悦の象徴である;だが,それは,まことに徴示的なものではなく,しかして,単に仮象的なものであるにすぎない.
Krater with the figure of a female φαλλοφόρος, estimated to have been produced around 470 B.C.
それゆえ,ラカンは,従来の彼の教えの用語を以て,「徴示的なファロスは不可能である」(le phallus symbolique est impossible) と言ってもよかったであろう;そう言う代わりに「性関係は無い」と言ったのは,彼がよりセンセーショナルな表現の方を好んだからであろう — なぜなら,その方が聴衆の記憶に残りやすいから — たとえ彼らがラカンの言っていることを何も理解できていないとしても.そして,実際,今でも,「性関係は無い」とは如何なることか?と問い続けている者たちは,少なくない — ラカンの狙いどおりに.
ともあれ,去勢不安を防ぐために,否定存在論的孔穴を塞ぎ得る支配者徴示素 S1 としての徴示的ファロス Φ が信奉されている限り,大学の言説が維持され続ける;そして,その場合,大学の言説から分析家の言説への構造転換は,起こり得ない.フロィトが陥った行きづまりは,そのようなものである.それに対して,徴示的ファロス Φ が不可能なものとして閉出されるとき,大学の言説から分析家の言説への構造転換が生じてくる;そして,否定存在論的孔穴は,もはや去勢の穴としてではなく,しかして,無の穴,死の穴,罪の穴として,開出してくる.その開出に直面しての不安は,フロィト的な去勢不安のように克服不可能なものではない;なぜならこのゆえに:無と死の罪は,行きづまりを成してはおらず,しかして,それらの彼方が神により用意されている —「新たな創造」と「永遠のいのちへの復活」と「罪の赦し」とにおける救済として.そこに,精神分析の本来的な終結 — それは,徴示的ファロス Φ を信じ続けたフロィトにとっては,思考不可能なものであった — は,存する.そして,精神分析の実践においては,その終結は,昇華として経験される.
ところで,ならば,人間をいわゆる「性的」な行動 — それが生殖に至るのであれ至らないのであれ — へ「駆り立てる」(instinguere, treiben) ものとしての「性本能」(instinctus sexualis, Sexualtrieb) とは,何なのか ? 一般的に「性欲」すなわち「性的欲望」(le désir sexuel, le désir érotique) と呼ばれているものは,何なのか ?
その答えを,ラカンは,カントとともに存在の歴史の終末論的位相の開始期を生きた「哲人」(Denker, penseur) サドにおいて見いだす —「悦への意志」(la
volonté de jouissance), すなわち,定言命令「悦せよ!」(Jouis !) として —;そして,ラカンは,その定言命令を以て,フロィトが「超自我」(das Über-Ich) と呼んだものを規定しなおす [5].
[5] フロィトは,超自我を「オィディプス複合の遺産相続人」(der Erbe des Ödipuskomplexes) と規定しつつ,そのカント的な側面 — 道徳律の側面 — を強調する;それに対して,ラカンは,そのサド的な本質 — 無際限な悦の意志 — を以て,それを規定しなおす.ともあれ,我々がフロィトの第二トピックを大学の言説のなかに位置づけるなら,それは,図20に示されているようになる:「超自我」(das Über-Ich) は,真理の座(左下の座)に位置する S1 であり,「自我」(das Ich) は,能動者の座(左上の座)に位置する S2 である.自我 S2 は,超自我 S1 を「自我理想」(Ichideal) としており,それと同一化し,それによって規定される;言いかえれば,自我 S2 は超自我 S1 によって支配されている.「何か」(das Es) は,支配者の言説から大学の言説への構造転換の際に支配者徴示素 S1 によって生産の座(不可能の座:右下の座)へ源初排斥された主体 $ である.他者の座(右上の座)に位置する客体 a は,欲望の客体(フロィトの用語で言えば Libidoobjekt : リビード客体)である;ラカンは,四つの言説の図式において,客体 a を,マルクスの「剰余価値」(Mehrwert) にならって,plus-de-jouir(剰余悦)と規定している;それは,超自我の命令 « Jouis toujours encore plus ! »(悦せよ — いつでも,さらにもっと!)に応じて,常により多く,より大きく,より強く悦するために,無際限に増殖してゆく — 資本主義市場における商品と同様に.
ただし,その定言命令は,単純な「悦せよ!」ではなく,しかして,これである:「悦せよ — いつでも,もっと,もっと,もっと;常に,より多く,より大きく,より強く!」その無際限な「いつでもさらにもっと」(toujours encore plus, immer
noch mehr) の意志が,存在の歴史の終末論的位相において否定存在論的孔穴を塞ぐものとして措定される支配者徴示素 S1 — すなわち,超自我 — を,特徴づける.形而上学的位相において否定存在論的孔穴を塞いでいた S1 は,不生不滅にして不変不動なる「イデア的なもの」であった;それに対して,終末論的位相において「イデア的なもの」に取って代わる超自我 S1 は,「もっと」の無際限性を本性として有する意志である.その最も顕著な例をさらにふたつ挙げるなら:ひとつは,資本主義;もうひとつは,ニーチェの「力への意志」(der Wille zur Macht).
資本主義は,このことに存する:剰余価値(Mehrwert : より多くの価値)の無際限な生産による資本の無際限な増価 (Verwertung). その過程の原動力を,マルクスは,資本家の「絶対的富裕化本能」(der absolute
Bereicherungstrieb) と呼んでいる — 資本家とは「擬人化された資本」(das personifizierte
Kapital) にほかならない限りにおいて.その「絶対的富裕化本能」に,我々は,資本主義の超自我を見て取ることができる.
ニーチェの「力への意志」について,ハィデガーは,『ニーチェ』(GA 6.1, pp.56-57) において,こう述べている:
そのように無際限により強大な力であることを欲し続けることとしての力への意志 — それが,ニーチェ的な超自我である.
では,カントにおいては ? 如何にも,純粋理性が,観想 (theoretisch) においても,実践 (praktisch) においても,カント的な超自我である;それは,一見すると,無際限な「もっと」の特徴を有してはいないように思われる;しかし,まず,実践理性に関しては,無際限性は,このことにおいて読み取られ得る:道徳律として公式化される定言命令は,das höchste Gut(最高善)への意志である限りにおいて,人間がみづから如何に努力しようとも決して到達し得ない善の高みへ人間を無際限に駆り立てることになる.同様に,観想的理性としての純粋理性は die
höchste Wahrheit(最高の真理:勿論,それはカント用語ではない)への意志である限りにおいて — あるいは,ヘーゲルの das absolute Wissen(絶対知)にならって die absolute Wahrheit(絶対真理)と言うなら,観想的純粋理性は絶対真理への意志である限りにおいて —,それは,人間がみづから如何に努力しようとも決して到達し得ない真理へ人間を無際限に駆り立てることになる(付言するなら,それらの場合,神の恵みの賜は考慮に入れられていない;つまり,人間がみづから如何に努力しようとも決して到達できないものを,神は,恵みとして,人間に与えてくれるだろう).
以上から,我々はこう言うことができる:存在の歴史の終末論的位相において否定存在論的孔穴を塞ぐものとして措定される支配者徴示素 S1 — すなわち,超自我 — は,達成不可能な絶対的な目標 — 絶対悦,絶対価値,絶対力,最高善,絶対真理 — へ人間を無際限に駆り立てる本能的な意志として,作用する.ところで,もし人間がそのような本能に従うなら,どうなるか ? 疲弊と消耗によって死に至ることになる;如何にも,先ほど見たように,ニーチェは「従来の高さを維持しようとするだけなら,それは消耗に至ることになる」と言っている;しかし,もし我々が到達不可能な目標へ向かって「もっと,もっと」と駆り立てられるなら,それは,なおさら,死をもたらすことになる.実際,今や最も深刻な例は,これである:資本主義的超自我の無際限な Mehrwert(もっと価値を)への命令は,温室効果ガス — 資本主義的生産過程の副産物 — の大気中への無際限な放出によって,全地球的規模の気候変動を惹起し,そして,それによって,人類の生存を脅かそうとするに至っている;だが,それでも,資本主義は,みづから自身を超自我の致死的な Mehrwert の意志から解放することはできない.容易に想像されるように,このままでは,人類の歴史は,最も人口の多いふたつの大国 — ともに古代文明発祥地である中国とインド — が(そして,トランプ主義が続く限りにおいて,アメリカ合衆国も),気候危機の諸現象を無視し,経済成長を最優先目標とすることにおいて,今後もますます大量に放出し続けるであろう二酸化炭素によって,幕を閉じることになるかもしれない.
ともあれ,今や,このことが明らかである:絶対意志としての超自我は,それが,一見,死の本能とは異なる姿 —「性本能」であれ「絶対的富裕化本能」であれ「力への意志」であれ「純粋理性」であれ — を取ろうとも,実は,自己保存本能や生の本能に奉仕しているのではなく,しかして,死の本能に奉仕しているのであり,さらに言えば,超自我は,その本性において,死の本能にほかならない.
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