確かに,purloin という動詞は,語源的には「遠くへ持ち去る」です.では,その lettre [手紙,文字]がどこを探してもどこにも見つからないとすれば,それは限りなく遠いところへ持ち去られたのか?そのはずはない,なぜなら,大臣 D はそれをいつでも利用し得るよう,極めて手近なところに置いておかねばならないから.
いたるところ [ partout ] を探しても,どこにも [ nulle part ] 見つからない.限りなく遠方へ持ち去られたかのようで,極めて身近にとどまっている.問題の lettre [手紙,文字]はそのようなものです. かくして,その topologie が問われます.
そのために Lacan が援用することになるのは,cross-cap です.
cross-cap は,投射平面の三次元ユークリッド空間への immersion のひとつです.投射平面は,穴の開いた球面の穴のエッジと,Möbius strip のエッジとを同一化することによって得られます.それは,ひとつの closed surface [閉面] を成します.
三次元空間内で cross-cap をひとつの対象としてまなざし得る我々にとっては,cross-cap は,穴の開いた球面の穴のエッジがファスナーで閉じられてできたもののように見えます.交線のように見える線分が,そのファスナーの部分に相当します.そして,Möbius strip の曲面は,いわばその交線の彼方に隠されています.つまり,Möbius strip は,三次元ユークリッド空間に対して解脱的に実存 [ ex-sister, ek-sistieren ] しています.
我々にとっては,したがって,cross-cap は三つの要素に分析され得ます:
穴の開いた球面,すなわち,consistance [定存]としての ordre de l'imaginaire [影在の位] ;
Möbius strip, すなわち,ex-sistence [解脱実存]としての ordre du réel [実在の位] ;
穴開き球面と Möbius strip とを連結し,かつ分離する同一化のエッジ,すなわち,穴としての ordre du symbolique [徴在の位].
このように分析し得る我々の視点は,手紙を見つけることのできる Dupin の視点です.
それに対して,警視総監 G は如何?彼は,言うなれば,二次元空間のなかに存在しています.その外へ出ることはできません.そして彼は,cross-cap の曲面のなかのいたるところを探し回ります.しかし,閉面である cross-cap には,そのままでは,どこにもエッジはありません.どこまで行っても定存的な曲面が続くだけです.解脱実存的な Möbius strip をそれとして見つけることは,彼には決してできません.
この事態を Lacan は,nullibiété de la lettre [手紙,文字の無処性]と呼んでいます.
二次元空間から外に出ることのできない警視総監 G は,影在の位のなかに閉ざされたまま転移・逆転移に右往左往する非ラカン派分析家や臨床心理士たちの寓意です.
それに対して,我々は,実在,徴在,影在の三位からなる存在論的トポロジーを Lacan から学んでいます.
影在の位の定存的な閉面の外にこそ,見出すべきものは解脱実存しています.しかるに,その構造を現出させるためには,徴在の位の穴を切り開く切れ目をつけねばなりません.それこそが,精神分析的解釈です.
東京ラカン塾精神分析セミネール「文字の問い」の第二学期は,今月15日から始まります.Lacan の書 Le séminaire sur « La Lettre volée » の読解を継続します.
2016年01月15日金曜日,時間は 19:30 - 21:00,
場所は文京区役所の建物,文京シビックセンター 3 階 B 会議室です.
第二学期の予定:
1月15日,3B 会議室
22日,3B 会議室
29日,3B 会議室
2月05日,5D 会議室
19日,3B 会議室
26日,3B 会議室
3月04日,5D 会議室
11日,5D 会議室
2月12日はお休みです.使用する部屋は一定していませんので,その都度確認してください.
3月18日から 4月08日までは春休みです.第三学期は 4月15日からです.
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