2018年7月26日

Vanitas et Memento mori

Hans Holbein (1497-1543), Les Ambassadeurs (1533),  à la National Gallery de Londres

Séminaire XI (1964) において,Lacan は,02月26日と03月04日の二回にわたり,Hans Holbein の肖像画『大使たち』に言及しています.



この作品においては,aliénation[異状]の構造としての大学の言説の構造の右側部分を成す学素 a / $ が画像化されています.




画面の下部中央の一番手前に描かれているのは,anamorphose において秘匿された髑髏 死 ‒ です.

それは,四つの言説の構造において右下の座(存在 の解脱実存的な在所,la localité ex-sistente de l'être) に置かれた le sujet barré $[抹消された主体,その存在が無化されたところの主体,le sujet dont l'être est néanti]です.(ただし,$ は,存在欠如として,欲望でもあります).

死は,画面左上に半ば隠されている crucifixion[磔刑像]によっても喚起されています:


画面の左上の隅から,十字架上で処刑された Jesus は,人間たちの営みを,慈しみ深くまなざしています.

ふたりの人物の間に置かれているさまざまな物品は,いずれも,当時の学問と芸術の輝かしい成果です.それらの人間のわざの産物は,しかし,死を忘れないなら(memento mori : 死の可能性の穴のエッジにおいて死の不安に耐え続けることを覚悟せよ),vanitas にすぎません  旧約聖書の『コヘレト』が言っているように : Vanitas vanitatum, dixit Ecclesiastes, vanitas vanitatum et omnia vanitas[虚の極み,とコヘレトは言った,虚の極み,すべては虚].

それは,a / $ の構造における客体 a です.

vanitas は,16-17世紀のオランダ絵画で,静物画の主題として好んで取り上げられました.
 
Harmen Steenwijck (c.1612 - after 1656), Vanitas, in Museum De Lakenhal


それらの静物画においては,髑髏は,そのものとして描かれています.それは,もろもろの客体 a のひとつとして,死を象徴しています.

それに対して,Holbein の肖像画においては,画面全体が学素 a / $ となっています.しかも,ふたりの人物のまなざしと,なかば隠された Jesus のまなざしによって,あからさまに我々をまなざしています.ほかの vanitas の絵には見られない特徴です.

vanitas に関連して,Twitter でたまたま見かけた作品を紹介しておきます.



Getty Images の説明によると,19世紀後半にイタリアで制作された大理石の胸像だそうです.作者の氏名を含め,詳細は不明です.




上のふたつの石膏頭像は,田表泰児氏の作品です.

若々しい人物の顔面の裂け目から我々をまなざす死  vanitas と memento mori の伝統は,今も,我々を不意に襲い,不安にさせて止みません.

0 件のコメント:

コメントを投稿