小笠原晋也の新著『ラカンの教え — 精神分析と信仰』の § 7.6. 症例 より 抜粋 § 7.6.3. 八本脚の蝶(二階堂奥歯)
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7.6.3. 八本脚の蝶(二階堂奥歯)
「二階堂奥歯」は,出版社で編集者として働くかたわらで,みづから『八本脚の蝶 [1]』という表題のもとに blog を書きつづっていた女性の筆名である.彼女は,1977年04月30日生まれ,早稲田大学文学部哲学科を(もし浪人や留年をしていなければ,2000年3月に)卒業後,出版社に就職 ; 2001年06月に blog を書き始めた;そして,外見上はまったく申し分のない人生を送っていたにもかかわらず,2003年04月26日未明,26歳の誕生日の直前に,痛々しくも投身自殺を遂げた.彼女の blog は,今でも閲覧可能である.また,その blog の全体は,彼女の知人や友人たちの追悼文とともに,2006年に『八本脚の蝶』と題された書籍として出版された;そして,それは,2020年に改めて文庫本として出版された.
[1] 八本脚の蝶について,奥歯は,2002年08月29日付の記事で,こう書いている:
虫のオブジェで一番好きなのは,東大寺大仏殿にある花挿しについている青銅の揚羽蝶だ.修学旅行で見つけて大喜びして,行くたびに土産物になっていないかと探すけれど,見たことがない.この揚羽蝶は,からだがむくむくしていてかわいいし,なんといっても脚が 8 本もあるのだ.昆虫の定義は 6 本脚であることだというのに.本当におかしなやつだ.揚羽蝶という家紋(平家の紋)[注:奥歯はその紋を彼女の blog のタイトルのわきに提示している]があって,これはデザイン的には東大寺の揚羽蝶と同じだけど,脚は 6 本.その他の日本古来の蝶の図版を見ても,みんな6本脚だ.なんで東大寺だけ 8 本なのか調べていたら,次のような説を見つけた.福寿寺にある平家の赤旗に描かれている揚羽蝶は,触角が 6 本脚の後方についている(へんな蝶だ).それを元にして作って間違えたのではないかというのだ.すてきだ.デューラーの犀のように,間違いが間違いを呼び,怪獣が生まれる.8 本脚の揚羽蝶を私の紋にしようかな.
東大寺の大仏殿にある 高さ 約 9 m の 青銅製の蓮の花瓶;そこに,一対の八本脚の蝶がとまっている.それは,池坊の website における説明によると,1692年,修復された大仏像の開眼供養の際に 華道家 猪飼三枝と藤掛似水によって寄進されたものだそうである.八本脚の蝶の象徴性については定説は無いようだが,おそらく,この世のものならぬ(つまり,極楽浄土に属する)ものとしてデザインされたのだろう.
誰しも,たとえ精神分析や精神病理学に特に関心を有していないとしても,彼女のケースを知れば,こう問わずにはいられないだろう:なぜ彼女は自殺せねばならなかったのか — あらゆる点において(健康も,知能も,容姿も,家族も,仕事も,恋愛も)まったく順調に生きていたように見えるのに?
だが,彼女は,2002年11月02日付の記事で,こう書いている:
私が黒百合姉妹を知ったのは 16歳のころだ.そのころ,私は生きているのが恐ろしかった.そして,決心した.私は決して子どもを産まない.私が耐えかねている「生」を他の誰かに与えることなど決してない.
生きているのが恐ろしい —
つまり,彼女は,早くも 16歳にして,死の不安に耐えかねつつ生きていた.当時,彼女が,「実存的不安」という表現や,ハィデガーの「死に向きあう存在」(das Sein zum Tode) という用語を既にどこかで見かけていたとしても,不思議ではない — 多読家の彼女であれば.
2002年09月27日付の記事においては,彼女は,彼女が日常的に有している強い実存的不安(彼女は「恐怖」という語を用いている)について,こう述べている:
無根拠性.善悪の無根拠性だとかには,人は,たやすく向き合ってゆける.おそらく,世界の無根拠性にも.しかし,恐怖の無根拠性に対してはどうだろうか.恐怖に浸透された日常.恐怖は現実のものだ.それは,私の身体機構とその化学組成のバランスを崩す.物理的に影響される私の身体.そして,その身体によって測られる(アフォードされる)外界.問題は,この恐怖には理由がないとはっきりわかっていることだ.根本的な対策はないということを,私は知っている.その無根拠性に向きあうこと.毎日,恐怖と戦い,生き延びること.
16歳当時,彼女は,彼女の〈死の穴の縁で生きる〉耐えがたい不安を,誰にも打ち明け得なかっただろう.しかし,彼女の精神状態を察する者が誰もいなかったわけではない.実際,彼女がまさに16歳のときに知りあった書店員「雪雪さん」は,1996年の夏に(彼女は,郷里を離れ,大学1年生)彼女に宛てた書簡 — それを彼女は,死の25日まえ,2003年4月1日付の記事で,引用している — において,彼女にこう述べている:
私は,ほんとうに嬉しそうなキラキラした表情で私のもとを足繁く訪れてくれるあなたを見ながら,内心,これは危機の大きさの反動だという印象をぬぐえませんでした.あなた自身が自分の状況をどのように捉えていたかは,わかりません.でも,私以外にも,強い危機感を持っていた人がいたようです.先日,奥歯さんのお父さんとお会いしたとき,食事が終わり,場所を替えるために,明るいエレベーターホールからほの暗いエレベーターに乗り込んで,ゆっくりと降りはじめたとき,ふいに,ふつりあいなほど坦々と(あなたのお父さんは)このように言いました:「私は,奥歯は自殺するかもしれないと思っていました.そして,私には止められないだろうと思っていたんですよ.」声音にあきらめの色は微塵もなく,ただ強烈な苦渋,抑制されつづけていた苦渋の残香が,ありました.これは,あなたのような人を子に持った親の最高の愛情表現ではなかったでしょうか.
しかるに,書籍『八本脚の蝶』に追悼文を寄せている東雅夫氏は,彼の blog(東雅夫の幻妖ブックブログ)の 2012年05月01日付の記事(書籍『八本脚の蝶』を出版したポプラ社によって 2006年01月におこなわれた〈彼 および 斉藤尚美氏 — 書籍『八本脚の蝶』の編集者 — への〉インタヴューの再録)において,奥歯についてこう述べている:
あの[彼女の]文章からは想像がつかないかもしれませんが,普段の彼女の話し方は,わりとキャピキャピ系というか,タテノリなんですね.二次会で直接会話したときも,本当にその場でピョンピョン跳ねながら,「わぁ~『幻想文学』愛読してます(ピョンピョン)!」みたいな感じでした.いろんな分野の本をとてもよく読んでいることがわかって,若いのに感心だな,と思ったのが,第一印象でしたね.
だが,そのような彼女のふるまいかたは,一般的に想定されている「元気で明るく好ましい女の子」のイメージの借用によるひとつの防御形成にすぎない.
また,我々は,こう推察することができる:彼女の尋常ならざる多読の行為(彼女は,2002年12月23日付の記事で,こう書いている:「私は,就職してから,年に 多分 365 冊を超すぐらいの本を読んでいる.学生のときはその倍,小学生のときはその三倍は読んだ」)こそが,彼女の〈死の不安に対する防御のために,かなり早期に形成された〉症状 — それは,文字としての客体 a の〈死の穴としての否定存在論的孔穴のエッジにおける〉過剰な増殖に,存する — である.
あるとき,奥歯は,blog を書く理由を,東雅夫氏にこう説明した(東雅夫氏の記事より):
Web で発信しておくことで,自分と同じような悩みを持つ人や同じような嗜好を持っている誰かに,いつか自分の言葉が届くかもしれない.その人たちのためにも,私は日々書き綴っているのです.
我々は,こう解釈し得る:その「誰か」は,究極的には,神にほかならない.彼女の blog に書き残された彼女のことばは,神への祈りとして読まれ得る.彼女は,制度化された教会にはまったく無関心であったようだが(それでも,一回だけ,おそらく実家の近くのカトリック教会 [2] で,ミサに与ったことはある),神およびカトリックの聖女たち(特に,殉教者であるアレクサンドリアの聖カタリナ,ならびに,神秘経験者である Teresa de Ávila と Marguerite-Marie Alacoque)には大きな関心を向けていた.
私が敬愛する聖女にアレクサンドリアの聖カタリナがいる.哲学者と乙女の守護聖人だ.彼女を守護聖人とした教会が日本にひとつだけある.その教会を訪ねて,ミサに与った.
だが,日本には,4世紀始めにキリスト教迫害のなかで殉教したアレクサンドリアの聖カタリナを守護聖人とするカトリック小教区は,存在しない.それに対して,シエナの聖カタリナ (santa Caterina da Siena : 1347-1380) — 彼女には,1970年に,アヴィラの聖テレサ (santa Teresa de Ávila : 1515-1582) とともに,女性として初めて,教会博士 (Doctor Ecclesiae) の称号が,献ぜられた — を守護聖人とする小教区は,ひとつ存在する;それは,JR 東日本の福島駅の近くにある松木町教会である.先に引用した東雅夫氏の 2012年05月01日付の blog 記事に付録的に掲載されているポプラ社の編集者 斉藤尚美氏の『“八本脚の蝶”著者宅訪問記』に,こう記されている:彼女は,2005年12月,奥歯の実家を訪問するために,東京駅から東北新幹線に乗り,同行者と『八本脚の蝶』について話をしているうちに「あっという間に下車駅に着いた.」したがって,それを福島駅と見なしてもよいだろう.「松木町教会の守護聖人はアレクサンドリアの聖カタリナである」は,おそらく,奥歯の思い違いであろう.
ただし,彼女にとって,神は,ありふれたイメージで表象される神ではなく,しかして,否定神学的な神でなければならない.2002年11月01日の記事において,彼女は,こう祈っている:
神よ,私はあなたに呼びかけます.私の声を聞き届けるのならば,あなたは神ではない.私の声が届くような存在は,神ではない.あなたに届かせようとする努力は,私に到達可能な範囲を広げ,そして,定義上私には到達できないあなたは,ますます遠ざかる.神よ,私はあなたに呼びかけます.不在の神に向かう不可能な祈りは,どこにも届かないとしても,その向かう軌跡の先に,どうか,あなたがおられますように.
また,2002年12月17日付の記事においては,彼女は,「神よ」という呼びかけを用いることすらせずに,こう祈っている:
私は愛しています.私は愛しています.あなたを,あなただけをひたすらに想わずにはいられません.私のすべての存在を,あなたに捧げます.私の日々に,私の思いに,私の行いに意義があるのなら,それはすべてあなたがいるからです.でも,あなたが誰なのか,私にはわからないのです.あなたは人ではないかもしれません.書物かも,秘密かも,言葉かも,記憶かも,景色かもしれません.私は,あなたを探すことを何度もあきらめようとしたけれど,その度にあきらめ切れず,また目を覚まします.私があなたを求めつづけることを断念せずにいられますように.
では,何を彼女は神に求めていたのか ? 2002年10月02日の記事において,彼女はこう祈っている:
私を読んで.新しい視点で,今までになかった解釈で.誰も気がつかなかった隠喩を見つけて.行間を読んで.読み込んで.文脈を変えれば,同じ言葉も違う意味になる.解釈して,読みとって.そして,教えて,あなたの読みを.その読みが説得力を持つならば,私はそのような物語でありましょう.そうです,あなたの存在で,私を説得して.
なぜそれが必要なのか ? なぜなら — 彼女は,2003年03月23日に自殺に失敗したあと,同月30日付の記事で,こう書いている — このゆえに:「わたしにとって,わたしの存在価値はゼロなのです」.「価値」は「意義」と言いかえてもよい:「わたしの存在意義は,まったく無いのです — あなた(神)が,改めてわたしの存在を解釈することによって,新たな存在意義をわたしに与えてくれない限り.」ちなみに,彼女の卒論は「根源的解釈について」と題されていた(残念ながら,それを直接読むことはできなかった).
彼女は,彼女自身の存在に関して,彼女自身の真理に関して,神の解釈を聞きたかった;神のことばを聞きたかった — Marguerite-Marie Alacoque のように.だが,奥歯に対して,神は沈黙したままであった.我々は,こう言い得る:それは,神の否定神学的経験 (une expérience apophatico-théologique de Dieu) である.そもそも,彼女にとっては,神は否定神学的なものでなければならなかった.
しかし,2003年3月29日の記事で,彼女は,ルカ福音書においておとめマリアが大天使ガブリエルによる受胎告知に答えて言うことばを引用しつつ,絶望的にこう書いている:
主よ,どちらにおられますか ? 主よ,あなたはどなたですか ?「お言葉どおり,この身に成りますように.」ああ,我が主,あなたはどなたですか ? どうか,お言葉どおり,この身に成りますように.あなたの… お言葉どおり… この身に成りますように.あなたの言葉.そして,この身.あなた… ああ,あなたはどなた ? あなた… そう,あなたは… どなたなのですか?
「わたしには制御できない衝動」(2002年5月30日付の記事)— すなわち,死の本能 — に,彼女はもはや抗うことができなくなる.なぜなら — 彼女は,2003年4月3日付の記事で,ある小説(古川日出男著『アビシニアン』)の一節を引用しつつ,説明する — このゆえに:
そう,文字は喪われる.ことばは残り,文字が喪われる.夢は,根源的なメッセージであり,わたしの記憶の宣告だった.忘却のなすがままに,わたしは〈ことばを固定し,縛りつけて,飼い馴らす文字を〉葬り去る.わたしの内部で,あらゆる書物が,燃えあがり,焼き払われた.わたしは,もう読み書きはできない.
奥歯の尋常ならざる多読行為は,死の穴としての否定存在論的孔穴のエッジにおける文字としての客体 a の増殖であった — 終末論的構造転換を防ぐために.だが,今や,終末論的瞬間が訪れようとするとき,文字による防御は無効となる;なぜならこのゆえに:存在事象にすぎない文字は,滅びる — 今や「あらゆる書物が(世の終りの炎によって)燃え上がり,焼き払われる」ことにより.かくして,否定存在論的孔穴は,恐ろしい死の穴として,奥歯のまえにむきだしとなる;そして,彼女において希死念慮がますます強まってゆく.
2003年3月23日付の記事に,彼女はこう書く:
綺麗なものをたくさん見られた.しあわせ.そろそろこの世界を離れよう.
その次の記事は,3月27日付である;その間,彼女は,市販の精神安定剤の過量服用により,意識障害に陥っていたのだろう(3月30日付の記事を参照).4月04日付の記事で,彼女は,自殺のために,首を吊ろうとしたこと,頸動脈を切ろうとしたこと,そして,過量服薬を三回したことを,告白している.同月05日土曜日付の記事では,医師に処方された「眠り薬」のことが言及されているので,彼女は精神科ないし心療内科に受診したのだろう;そして,休職のために診断書を作成してもらったのだろう ; 7日 月曜日の記事で,彼女は「GW 明けまで休職することにしました」と書いている.しかし,不安と希死念慮はますます強まってゆく.そして,4月26日未明,彼女は,みづから自身の生を断つ.
先ほど見た古川日出男氏の小説の一節は,ふたつの聖書箇所を想起させる:
天と地[すなわち存在事象]は過ぎ去るだろう;だが,わたし[イェスキリスト]のことばは過ぎ去らないだろう (Mt 24,35).
文字は殺す;だが,息吹は[永遠の]いのちを与える (2 Co 3,06).
終末のとき,存在事象としての文字は,過ぎ去る(すなわち滅びる);だが,イェスキリストという不滅のことば(ロゴス)は,過ぎ去らない.また,ことばを殺していた文字は,廃される;だが,永遠のいのちを与える息吹が,我々を生かしてくれる.終末において,死の不安のかなたに,死から永遠のいのちへの復活における救済が成起する.ところが,奥歯においてはそうはならならず,彼女は死の穴のなかへ陥ってしまう.
対照的なケースとして,Mother Teresa (saint Teresa of Calcutta : 1910-1997) を見てみよう — 彼女が〈彼女の精神的な指導者であった司祭たちや司教たちに〉宛てた多数の書簡にもとづいて,彼女の死後に編纂され本 Come Be My Light(わたしの明かりになりに来なさい)にもとづきつつ.奥歯がその本を読むことができたなら,どれほどそれは彼女にとって救いとなっただろうか,と わたしは想像する;なぜならこのゆえに:そこにおいて,コルカタの聖女は彼女の長期間の「魂の闇夜」(la nuit obscure de l'âme) について証言している;というのも,彼女も神を否定神学的に — 暗い穴 (dark hole) として — 経験していたからである.だが,残念ながら,英語の原書が出版されたのは 2007年,そして,その邦訳『来て,わたしの光になりなさい』がやっと出たのは 2014年のことであり,それゆえ,奥歯は Mother Teresa の否定神学的経験の証言を知るよしもなかった.
Anjezë Gonxhe Bojaxhiu(アニエゼ ゴンジェ ボヤジウ)は,18歳のときにロレート修道女会に入り,すぐにインドへ派遣され,インドで修練を受け,21歳のときに誓願し,修道女名を,1925年に列聖された sainte Thérèse de Lisieux にならって,Mary Teresa と名のる.そして,1946年,36歳のとき,彼女は決定的な経験をする:イェスキリストが,彼女に声をかけてきて,言う:「すべてを棄てなさい;そして,わたしに付きしたがいなさい — 貧民街のなかへ — 貧しき者たちのうちでも最も貧しき者たちのなかでわたしに仕えるために.」そこで,彼女は,1948年に,コルカタの非常に貧しい地域で,見すてられたまま死んでゆこうとしている人々に手を差し延べる活動を開始する;そして,1950年に,彼女自身,Missionaries of Charity(神の愛の宣教者会)を創立する.だが,既にそのころから,彼女は,魂の闇夜に苦しみ始める.
如何にして,神から直接語りかけられる経験をした Teresa が,あるときから神を「暗い穴」(dark hole) としてしか経験し得なくなったのか ? 鍵は,hole という単語にある.イェスは,1947年のあるとき,彼女にこう命ずる:
My little one – come – come – carry Me into the holes of the poor. Come be My light. I cannot go alone – they don’t know Me — so they don’t want Me. You come — go amongst them, carry Me with you into them. How I long to enter their holes – their dark unhappy homes. Come be their victim. In your immolation in your love for Me – they will see Me, know Me, want Me. Offer more sacrifices – smile more tenderly, pray more fervently and all the difficulties will disappear.
わが子よ,来なさい,来なさい,わたしを持ってゆきなさい — 貧しい者たちの悲惨な住まい [hole] のなかへ.わたしの明かりになりに来なさい.わたしは,ひとりで行くことはできない;彼らは,わたしのことを知らない;それゆえ,彼らはわたしを欲しない.あなたは,来て,彼らのなかを歩みなさい;わたしを彼らのなかへ持ってゆきなさい.如何にわたしは彼らの悲惨な住まい [hole] へ — 彼らの暗く不幸な家 [home] へ入るのを切望していることか.彼らのいけにえになりに来なさい.あなたが〈わたしに対するあなたの愛において〉屠られるとき,彼らは,わたしを見るだろう,わたしを知るだろう,わたしを欲するだろう.いけにえをもっと献げなさい;もっと優しくほほえみなさい;もっと熱烈に祈りなさい;そうすれば,困難はすべて消え去るだろう.
そこにおける hole は,「穴」そのものではなく,しかして,比喩的に「貧しい者たちの悲惨な住まい」である — おそらく,hole という語がある種の動物が住まう「巣穴」をも言うことをとおして.Teresa は,イェスの命令を忠実に実行する.かくして:
When I walk through the slums or enter the dark holes, there Our Lord is always really present.
わたしが貧民街を通って歩くとき,あるいは,暗く悲惨な住まいのなかへ入るとき,そこに,わたしたちの主は,いつも本当に現在している.
だが,そのとき,如何なることが生じたか ? このことである:彼女のなかで,そこからイェスが彼女へ語りかけてきたところの場所が,文字どおりに dark hole(暗い穴)— それは,彼女に大きな苦痛を与える — になる.Come Be My Light の編集者
Brian Kolodiejchuk 神父が「彼女の暗闇の経験の最も詳しく,最も長い記述のひとつ」と呼ぶ彼女の祈りのテクスト — それを,彼女は,1959年07月03日付の書簡とともに,彼女の聴罪司祭 Lawrence Picachy 神父へ送った — を,読んでみよう:
暗闇 [darkness] のなかで…主よ,わが神よ,あなたがわたしを見棄てるとは,わたしは何者なのですか ?[わたしは]あなたの愛の子どもでした — なのに,今や,最も忌み嫌われているものとして,欲せられていないものとして,愛されていないものとして,あなたが遠くへ放り投げる子どもです.わたしは[神を]呼び,[神に]しがみつき,[神を]欲します — ですが,答えてくれる方は,いません — わたしがしがみつける方は,いません — あの方は,いません.わたしは,ひとりぽっちです.暗闇は,かくも暗い — そして,わたしはひとりぽっちです — 欲せられず,見すてられて.[神の]愛を欲する心の孤独は,耐えがたい.わたしの信仰は,どこにあるのでしょうか ? 深く降りていっても,まさに中に入っても,そこには,空虚と暗闇 [ emptiness and darkness ] 以外,何もありません.わが神よ,この未知の苦痛は,何と苦痛なことか.それは,絶えず痛みます.わたしには[もはや]信仰がありません.わたしは,わたしの心のなかにひしめく言葉や考えを発することを,敢えてしません;そして,言いようのない苦しみをわたしに被らせることを,敢えてしません.かくも多数の未回答の問いが,わたしの内に生きています;わたしは,怖くて,それらを暴くことはできません — 冒瀆のゆえに.もし神がいますなら,どうかわたしを赦してください.こう信頼せよ:すべては,イェスとともに天で終わるだろう.[しかし,]わたしがわたしの思考を天へ上げようと試みるとき,そこには,かくも確信させる空虚があるので,それらの[わたしの]思考は,鋭いナイフのように戻ってきて,わたしの魂を傷つけます.愛という語は,何ももたらしません.神はわたしを愛している,と人はわたしに告げます.ですが,暗闇と冷たさと空虚の現実感はかくも大きいので,わたしの魂に触れるものは何もありません.[ホスピスの]仕事が始まるまえは,かくも多くの[神との]一致がありました — 愛,信仰,信頼,祈り,犠牲.わたしは,[イェスの]聖なる心の呼びかけに盲目的に服従したことにおいて,まちがったのですか ? 仕事は疑問ではありません;なぜならこのゆえに:わたしはこう確信しています:それは,彼の仕事であって,わたしの仕事ではありません.わたしは[それがわたしの仕事であるとは]感じません.その仕事のなかで何かを[これはわたしのものだと]主張するような考えや誘惑は,どんなに簡単なものでも,何ひとつ,わたしの心のなかに入ることはありません.あなたはいつも微笑んでいる — 修道女たちや人々は[わたしについて]そのような感想を述べます.彼らは,こう思っています:わたしの信仰,信頼,愛は,わたしの全存在を満たしており,そして,神との親密さ および 神の意志との一致が,わたしの心を占めているはずだろう.彼らが[わたしの内面を]知りさえするなら… そして,如何に わたしの朗らかさは,それによってわたしが空虚さと惨めさを覆い隠すところの外套であることか.
ともあれ,この暗闇と空虚は,神に対する熱望ほどには苦痛ではありません.わたしは恐れます:[外見と内面との]矛盾は,わたしの[心の]平衡を損なうでしょう.わが神よ,あなたは,かくも小さき者に対して,何をしているのですか ? あなたが〈あなたの受難をわたしの心に刻印するよう〉[わたしに]求めたとき… これ[わたしの現状]が 答えなのですか ?もし これ[わたしの現状]が あなたの栄光であるならば,もし あなたが これ[わたしの現状]から ひとしずくの喜びを得るならば,もし[これによって]魂たちがあなたのところへ連れてこられるならば,もし わたしの苦しみが あなたの渇きを満足させるならば,主よ,わたしはここにいます — わたしは,喜びを以て,生の終りに至るまで,すべてを受けいれます;そして,わたしは,あなたの隠された顔に,ほほえむでしょう — いつも.
また,本の序章の冒頭で引用されている Joseph Neuner 神父宛の文章 — それは,1961年04月に彼の指導のもとにコルカタでおこなわれた黙想会(その際,彼女は,彼との一対一の面接の機会をも持った)の最中に,彼の求めに応じて書かれた,と推定されている — において,Teresa は,より簡潔明瞭に,こう述べている:
神父さま,1949年か1950年ころから,この恐ろしい喪失感 — この言いようのない暗闇 — この孤独 — この持続的な〈神に対する〉切望 — は,苦痛を,わたしに — わたしの心臓の奥深くにまで — 与えます.暗闇は,これほどのものです:[そのなかで]わたしは,まったく見ることができません — わたしの心を以てしても,わたしの理性を以てしても.わたしの魂のなかで,神の場所は からっぽです.わたしのなかに,神はいません.[神の]切望の苦痛が非常に大きいとき — わたしは,まさに,神を切望してやみません — そのとき,わたしは こう感じます:神は わたしを欲していない;神は いない… 神は,わたしを欲していない… ときとして,わたしは,わたし自身の心がこう叫ぶのを聞きます:「わが神よ!」ですが,ほかに何も起きません.そのような拷問と苦痛を,わたしは説明することができません.
以上が,Mother Teresa の否定神学的な〈神の〉経験に関する彼女自身の証言である.彼女において,「暗い穴」— 神の存在の穴 — は,否定存在論的孔穴そのものである.彼女が言うことは,Anne Rau および
奥歯が言うことと,若干の共通点を有してはいる.だが,大きな違いもある : Mother Teresa は,Anne や
奥歯とは異なり,強い不安も,希死念慮も有してはいない;そして,神の不在にもかかわらず — あるいは,まさに神の存在のゆえに — 彼女は,終生,神の意志を忠実に実行し続ける — 喜びと愛を以て.実際,彼女は,先ほど言及した1961年04月の黙想会の終了直後に,Joseph Neuner 神父宛の書簡のなかで,こう述べている:
親愛なる神父さま,わたしは,あなたの親切に対する感謝を,言葉で言い表すことができません.なぜなら,この11年間で初めて,わたしは,暗闇を愛するようになったからです.今や,わたしは,こう信じています:それは,地上におけるイェスの暗闇と苦痛の極めて小さな部分である.あなたは,わたしにこう教えてくれました:「それを受けいれなさい;それは,あなたの仕事の精神的な側面です.」今日,わたしは,本当に,深い喜びを感じました:イェスは,もはや苦悩のなかを進んでゆくことができない;しかして,彼は,わたしのなかでそうすることを欲している.今までよりもさらにいっそう,わたしは彼にわたし自身を委ねます.そうです,今までよりもさらにいっそう,わたしは,彼の意志に従います.
一方に Anne Rau と 奥歯,他方に
Mother Teresa — そこにある違いは,否定存在論的トポロジーの観点においては,これである:前者たちにおいては,開出してくる否定存在論的孔穴のエッジは単純な unknot でしかないのに対して,後者においては,それは三葉結びを成している (cf. § 4.6) ; そして,それゆえ,前者たちが死の穴へ呑み込まれてしまったのに対して,後者は昇華の悦に到達し得た.
その相違は,否定存在論的トポロジーの観点においては,このことへ還元される:前者たちにおいては,投射平面の構成要素であるメビウスの帯は,半ひねり 1 回のものである;それに対して,後者においては,それは,半ひねり 3 回のものである.そこに,我々は,精神病の発症の必要条件としての「父の名の閉出」の新たな否定存在論的公式化を見ることができるかもしれない:父の名の閉出は,メビウスの帯が半ひねり 1 回のものであることに存する.
だが,それさえも,神の業(わざ)ではないのか ? そして,神は,人間すべてを救済することを欲しているのではないか ? 如何にも.実際,聖書(知恵 4,07.10.14a)に こう書かれてある:
義人は,早死にするとしても,安らぎのうちにいるだろう.彼は,神に喜ばれるものとなり,[神に]愛された;そして,罪人たちのなかに生きていたので,[神のもとへ]移された.彼の魂は,主に喜ばれるものであった;それがゆえに,[神は,義人の魂を]邪悪のただなかから 急いで[救った].
まことに,義人ヨブ (Jb 1,21) が言うように:
YHWH は与えた;そして,YHWH は取り去った;YHWH の名は,讃えられる.
主よ,若くして亡くなった者たちに — みづから生を断った者たちをも含めて — 永遠の安らぎを与えたまえ.彼らを絶えざる光で照らしたまえ.彼らが平和のうちに安らぐように.Amen.

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